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東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第39回(野尻)「『思想強い』って何? ~お笑いのノンポリ化について~」

  • 2026.6.4
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出・「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が交互に綴っていく。第39回は野尻回。

第39回(野尻) 「『思想強い』って何? ~お笑いのノンポリ化について~」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。突然ですが、お笑いライブやバラエティ番組で少しでもセンシティブな話題に触れた芸人がいたとき、周りが鬼の首を取ったように「思想強い」とか「炎上する」とか言って茶化すノリは、一体いつから定着したのでしょうか。その度に私が感じる違和感の正体こそ、お笑い界に蔓延する「ノンポリ化(政治的無関心)」であり、そしてそれは「お笑いはウケなきゃ意味がない」という強力な呪縛によるものです。

日本のお笑いは、数十年の時をかけて「ウケること」を最優先に志向して純粋培養されてきました。観客を瞬時に笑わせる技術は世界に誇るレベルに達しています。しかしその反面、「全ては笑いのためのフリやボケである」という大前提が強固になり過ぎた結果、表現の中に社会的なメッセージや批評性といった「含み」を持たせる門戸を、自ら閉ざしてしまったように思えます。そこで最も嫌われ、タブー視されるようになったのが、観客の意見を二分しかねない「政治的な主張」や「社会風刺」です。

お笑いでは「チームプレー」や「空気を読むこと」が美徳とされます。一見、プロフェッショナルな技術論に聞こえますが、その実態は波風を立たせることを過剰に恐れる同調圧力という見方も可能です。今やお笑いがそういうふうに進化しちゃったから多少仕方ないのですが、「空気を壊してはいけない」という過剰な配慮は、受け手にもどこか幼稚な鑑賞態度を導いています。「難しいことを抜きに、頭を空っぽにして笑いたい」という観客と、波風を立たせたくない芸人との共依存関係がそこにはあります。

ウケていれば正義、人気があれば正義。このような成果主義は、持たざる者がマイク一本で成り上がるストーリーのロジックとしては正当性があるように思えますが、このロジックが通用する世界では、反体制のポーズを取ることでさえ、単なる「先輩への甘噛み」というプロレスに終始します。見せかけの獰猛さで牙を剥いてみせても、その根底にあるのは馴れ合いです。

劇作家の大石恵美さんが岸田國士戯曲賞の授賞式の席上、松本人志さんをめぐる一連の問題に対して不快感を表明したという出来事がありました。彼女の毅然とした態度を見て、私は初めて自分が芸人であることが恥ずかしくなりました。お笑い界には、佃煮にするほど多くの男たちがひしめき合っているにもかかわらず、なぜ誰もこのような声を公に上げられなかったのでしょうか。理由は明白です。「自分には関係のないことだし、声を上げて波風を立てれば、自分が不利益を被るから」に他なりません。私を含めたお笑い芸人のなんと情けないことよ。結局は、お笑いというのは、五体満足で異性愛者で日本人の成人男性という圧倒的な社会的強者の馴れ合いということですか。

「誰も傷つけない笑い」という美辞麗句の行き着く先は、「マジョリティの居心地の良さを壊さない笑い」だったわけで、こんな「触らぬ神に祟りなし」的な事なかれ主義の態度を続けていては、お笑い界の自浄作用は完全に機能不全に陥ってしまいます。

お笑い芸人は、本当にただの「道化」でいいのでしょうか。しかし、そう名乗るには、彼らはコメンテーターや文化人として、社会のあらゆる分野に首を突っ込み過ぎています。都合の良いときだけ影響力を行使し、肝心なときには「ただのお笑い芸人ですから」「プロレスですから」と道化の仮面を被って逃げるのは、あまりに不誠実です。『ツッコミスター』は「お笑いを前に進める」ことが目的のようですが、結局「お笑いが世の中を前に進める」ことはできないのでしょうか。

こたけ正義感さんが『弁論』と題した単独ライブで、袴田事件をテーマにした漫談を上演した試みは記憶に新しいところです。「あまりに理不尽で不自然な警察や裁判所の主張」を、敢えて笑いを交えて語ることで、多くの人々に冤罪問題の深刻さを分かりやすく伝え、大反響を呼びました。彼の漫談は、単に「ウケる」ことだけを目的としていません。笑いというオブラートを使って、社会の不条理を鋭く突くという、極めて批評性に満ちたものでした。

本来のユーモアやエスプリ、サタイア(風刺)とは、「強者を笑い飛ばし、弱者の声を代弁する」という、社会的なカウンターパワーであったはずです。現在の日本のお笑い界は、そのパワーを自ら放棄し、ただの「システムを維持するための潤滑油」になってしまっているように見えます。自浄作用が働かないのも、「この心地よいシステム(利権)を壊したくない」という保身が全員にあるからでしょう。

学校やバイト先で、少し調子に乗っているやつを敏感に見つけ出し、それを構造的にお笑いにしてあざ笑う能力が芸人にはあります。その優れた観察眼と欺瞞を見抜く力があるのなら、お笑い界の身内の不条理や社会が抱える歪みにだって、きっと牙を剥くことができるはずです。

私だって頭を空っぽにして笑えるお笑いが大好きです。何度も心を奪われてきました。しかしもう大人なんだから、きっとそれだけじゃダメなんです。少なくとも、誰かの真剣さをあざ笑っていてはダメなんです。

 提供:無尽蔵 野尻
提供:無尽蔵 野尻

■無尽蔵

サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出、「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出。

無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao

無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin

無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

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