1. トップ
  2. 人生の後半に不安や焦り…「そんな方向でいいの?」っていう心のベクトルの向け方とは

人生の後半に不安や焦り…「そんな方向でいいの?」っていう心のベクトルの向け方とは

  • 2026.5.30

はーいみなさん、ごきげんよう!満島てる子です。

突然ですが。
孔子は『論語』の中で、15歳、30歳、40歳などなど、それぞれの年代で自分が至った境地について書いていますよね。
なんだっけ、「三十にして立」って、「四十にして惑わず」だっけ。

Sitakke
ライター・満島てる子

でもさぁ、実際のところというか、大抵の人がじゃあその年齢で自立したり不惑の境地に至るかというと、おそらくそんなことは全然なくって。

むしろあたしの肌感覚で言うと、節目の年を迎えるたびに新しい悩みが出てきたり、自分自身のからだやこころの変化についていけなくなったり。

どちらかというと、ライフステージが進んでいくにつれて、デフラグもできないままに自分がどんどん断片化していく感覚があるのよね。
みなさんはどうかしら。

今回はそんな、年齢的な困難に抗おうと、もがき続けている方からのお手紙のようです。ご紹介します。

読者からのお悩み「これがミッドライフクライシス?メンタルや身体の不調に悩みが尽きずで…」

Sitakke
Sitakke

「なずなよなずな」さん、こんにちは。
まず、「死を意識することが多」いと素直に書いていただいたことに、敬意を抱いているとあたしは伝えたい。

正直なところ、あなたと同じように死について考えることが昔から個人的に多くて、それが大学で哲学を専攻したひとつの理由になっているのよね。

だからこそ、今回のお手紙を読んだとき、まずあたしは「その不安感、わかるなぁ」と非常に強く共感してしまいました。
お手紙送ってくださり、ありがとうございます!
(したっけラジオも聞いてくださっているとも書いてくれていました!とってもうれしいわぁ!)

「中年の危機」とはよく言ったものですが、心理学、特にユングの理論では、人生を太陽の周回運動になぞらえます。
それで言うと、40歳前後というのは例えるならば子午線通過の時刻。真昼の年齢。

その後はある意味、生涯の後半戦。

アフタヌーンからミッドナイトに向かっていくわけで、午前中に強まっていった光量(外側へのエネルギー)は、その勢いをひそめるようになるのが自然。

徐々に深まっていく独特のかげりと向き合い、強まっていく闇と付き合いながら、自分自身との自己対話を重ねていくことで、おのれの本来の姿を見つけていく時期だとされているようです。

なかなか面白い比喩よねぇ。

あたしも結構真剣に不安になる

Sitakke
お花シリーズ お店の9周年を記念してお客様にいただいたアレンジメント。9年という月日、感慨深い

でも、比喩としては秀逸だったとしても、そのかげりの渦中に今実際に身を置く立場であったならば、日暮れに向かっているということで、そこから一種おのれの衰えを突きつけられているような気持ちに、どうしてもならざるをえないことでしょう。

肉体的にも精神的にも、自分のできること、持てる力が少なくなっていくというのは、自覚するにはかなりキツい現実。

その薄暗さというか、斜陽感というかから、自分のことをうまく調律できずに苦しむ状態のことを、世間では「ミッドライフクライシス」と呼ぶようで。

自分でもおっしゃっていたけれど、「なずなよなずな」さんは今まさに、そんな調律の取れなさを経験なさっているようですね。
お辛いだろうに……。

親御さんの介護もあり、体調が芳しくないときもあり。

そんな中で「自分らしく生きる」ための、活動的なエネルギーを確保するというのは、きっと相当がんばらなきゃいけないこと。

「趣味に没頭すれば忘れられるかな?と思い、色々とチャレンジしてきました」という一言に、あたしは「それできるってこと自体、そもそもマジですごいこと!自信持っていいことだよ!」なんてお返事したいと思いつつも。

「あと何年、好きなことができるんだろう?」という、思わずこぼれてしまったとも取れるあなたの吐露に、どうやって言葉をかけたもんだろうかと、勝手に迷ってしまっていたりしました。

でも本当にさ、「今好きなことってどれぐらい続けられるのかなぁ」って、いきなりふっと、それでいて結構真剣に不安になったりすることって、割とあったりするもんだわよね?少なくとも、あたしはよくあるのよ。

それこそ女装で飲み屋さんやるなんて、一体いつまでできるんだろうなぁ……。
これはここ2年ほど、割とずっと考えちゃってるトピックだったりすんのよね。

昔のような勢いでは、お酒、もう飲めないし。

体力も気力も、20代の頃から比べるとガクッと減ってしまったし。

あっという間にもう、こんなトシだし、親も年だし、あなたしかいないし……ね〜ぇ〜(突然の『ら•ら•ら』)。

やぁね、ミッドライフと言うにはまだ少しだけ早いし、クォーターライフと言うにはもう遅めなんだけれど。
あたしもちょっとしたクライシスの時期、迎えているのかなぁ。

「なずなよなずな」さんのお手紙に触発されるかたちで、自分自身の振り返りなんていうのも、またもや勝手に始めてしまっているあたくし、三十路も後半の女装男性同性愛者だったのでした。笑

あたしなりのAnswer

Sitakke
DJ、がんばってます

さて。
あたし、忖度とか全くなく「なずなよなずな」さんのことをすばらしいと思う点がひとつあって。

それが、前半でもすでに書いちゃってはいるのですが、趣味に対してアクティブな姿勢を保とうとがんばっているところ。

定年を迎えてから「趣味もないし、趣味を作るための余力ももう無いし、どうしよう」と悩む方も一定数いるのに対し。
あなたにはきちんと「好きなこと」があるし、それについて「もっと勉強」したいという気持ちまで、ご自身に持ち合わせている。

これ、シンプルにステキなことだし、なかなか望んだとてそういう状況を簡単に実現できるわけじゃないはずだよなぁと、あたしは「なずなよなずな」さんに対するリスペクトの念を、人生の後輩として禁じえません。

ですが同時に。

個人的にはそのエネルギーの使い方、ちょっと心配にもなったのよね。

趣味というのは、人生というカンバスに新しい彩りを添えてくれるものが多いように思います。

ですが、カンバスにそうした新しい色を追加するためには、実はいろんな工夫であったり、「えいや!」と一念発起する馬力が必要だったりするパターンもある。

きちんとした発色を担保して描こうと、その趣味を使いこなせるよう努力することも求められるときがあるし、そのために自分自身の研鑽までしなければならない場合がある。

要は、自身の気力体力がてっぺんを過ぎ、これから夕暮れのような落ち着いた景色と向かっていくのが、「なずなよなずな」さんのライフコースの今後の見通しだとすれば。

その歩みの最中に「ストレスに感じたり」するほど趣味にパワーを注ぐのは、ご本人にとっても労を極めることなのでは?と、個人的にそう感じてしまったんです。

(だからと言って、趣味を楽しむことを差し控えるべきとは、全く思わないんだけれどね。これからも無理はしないようにしながら、自分の楽しいと思うこと、続けていっていただきたいなぁ)

だとすれば、むしろ。
その目下注いでいるパワーを、少し別のベクトルに割いてみること。
それが今、あなたの抱きがちな虚しさを、根本的に消し去ることにつながっていくんじゃないかしら。

どんなベクトルかというと、「え!?そんな方向性でいいの!?」と言われてしまうかもしれませんが。

例えばお気に入りの散歩コースを見つけるとか、例えばちょっといいお気に入りの調味料集めをしてみるとか。

そんな、日常の「生」(「なずなよなずな」さんが平素意識しがちな「死」とは、陰陽互根とでも言うべき関係にあるものとしての)を底上げし、自分に対するおのれの眼差しの解像度を高くしてくれるような、そういう意味での「好き」に、ぜひ目を開こうとトライしてみてほしいんだよね。

Sitakke

「今日のお茶、おいしいなぁ」でもいいし(最近家の飲み物をルイボスティーにしたら幸福度上がったの。最高よねぇ〜)、なんなら「天気がいいなぁ」でもいい(あたし、快晴よりは少し雲が出てる方が好きでね。空に表情を感じるからなのかな)。

自分がアクチュアルに感じることのできる、日々さりげなく転がっている心地よさを逃さず捕まえて、しっかりかつはっきりと味わうこと。

これがきっとあなたにとって、ステキなたそがれどきにたどり着くための、頼もしいよすがになってくれるはず。
割と本気で、あたしそう思うんだよね。

「何を愛せるか」「何に安らぐか」

Sitakke

人生の正午に向かう過程では、「何ができるか」「何を与えられるか」という、外向きの力に重きが置かれていたかもしれません。

ならばここからは、「何を愛せるか」「何に安らぐか」という、自分の内心にフォーカスを当てていくという動向を、彩り豊かに暮れゆく様として描いてみてもいい。

「なずなよなずな」さんの目下の不安や不調は、その方向転換のための良いきっかけになっているのかもしれない。

ここからいよいよ、自己との対話が始まっていくのかもしれませんよ。

あなたのミッドライフが、美しくかつ実りあるものになることを祈りつつ。

あたし自身も、毎日の些細とも思えるLOVEを、あまさず拾っていける人でありたいなぁと、そう考えているのでした。

ま・と・め♡

というわけで、今回は人生の節目での様々な変化というものについて、思いを巡らせてみました。

クライシスというのは、危機的な局面を意味することもあるけれど、もっと根本的には、物事が峠に至った状態を指す言葉でもあるわよね。
生きていると、様々な峠越えへのチャレンジを迫られるときもありますが、人はその経験によって成長し、前へと進んでいくのでしょう。

あたしもその例に漏れず、いろんな峠とこれからもしっかり向き合って、自分の人生を歩んでいかなくっちゃね。
読者の皆さん、これからも一緒に山あり谷あり、乗り越えていくわよ!

ではまた次回。Sitakkeね〜!

***

読者の皆さんからのお悩み募集中!

★お悩み大募集中★
日常のモヤモヤからガチ相談まで…随時、応募フォームで受け付けています!みなさんからの投稿、お待ちしています!

***
文:満島てる子
イラスト制作:VES
編集:Sitakke編集部あい
***

満島てる子:オープンリーゲイの女装子。北海道大学文学研究科修了後、「7丁目のパウダールーム」の店長に。 2021年7月よりWEBマガジン「Sitakke」にて読者参加型のお悩み相談コラム【てる子のお悩み相談ルーム】を連載中。お悩みは随時募集しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる