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お化け屋敷で一緒に怖がると、2人の距離が縮まったように感じる――鍵は「怖かったね」と語り合う時間

  • 2026.5.30
お化け屋敷で一緒に怖がると、2人の距離が縮まるように感じる――鍵は「怖かったね」と語り合う時間
お化け屋敷で一緒に怖がると、2人の距離が縮まるように感じる――鍵は「怖かったね」と語り合う時間 / Credit:Canva

アメリカのフロリダ大学(UF)で行われた研究によって、お化け屋敷で一緒に怖がった2人の距離を縮める鍵は、恐怖そのものではなく、出口を出たあとに「怖かったね」と語り合う時間にあると示されました。

叫び、手を握り合ったあの瞬間こそが2人を近づける――そう思いきや、鍵となったのはお化け屋敷を出た後の会話の中に隠されていたのです。

研究者は、一緒に怖がるだけでは足りず、そのあと話したり笑ったりする時間がなければ強い絆は生まれないようだ、と述べています。

研究内容の詳細は『Emotion』にて発表されました。

目次

  • 怖いのに、なぜ人はお化け屋敷へ行くのか
  • お化け屋敷で「2人の距離が縮まる」かどうかを決める鍵
  • なぜ「怖かったね」と話すだけで、絆が形になるのか

怖いのに、なぜ人はお化け屋敷へ行くのか

怖いのに、なぜ人はお化け屋敷へ行くのか
怖いのに、なぜ人はお化け屋敷へ行くのか / 研究チームのメンバーたちが、一晩の調査とスケアアクター(お化け役)を終えた後に撮影した集合写真。「HORROR LAB」と書かれたTシャツを着ているメンバーもおり、研究者自身がお化け役も兼任していたことがうかがえる。Credit: Cristina S. Negraru / Wiley et al., (2025)

ふつう、恐怖は避けたい感情です。夜道で物音がしたり、後ろから誰かに追われたりすれば、私たちは本能的に身を守ろうとします。

ところが人間は、ときどきその恐怖をわざわざ買いに行きます。お化け屋敷、ホラー映画、肝試し、ジェットコースター。どれも怖いはずなのに、毎年数百万人もの人がお金を払って体験しに行きます。

このように自分から楽しみに行く怖さは、心理学では「娯楽としての恐怖(recreational fear)」と呼ばれます。

簡単に言えば、「本当に危険ではないと分かっているからこそ楽しめる怖さ」のことです。

たとえるなら、お化け屋敷は「心にとっての激辛料理」のようなものかもしれません。激辛料理は舌に強い刺激を与えます。痛みに近い感覚すらあります。

でも、毒ではないと頭のどこかで分かっているから、私たちはそれを楽しめます。

お化け屋敷も同じです。暗い部屋、突然の音、不気味な演出。心は本気で驚きますが、頭のどこかでは「これは作り物だ」と分かっています。

だからこそ、恐怖と楽しさが同時に成り立つのです。

ちなみに、怖ければ怖いほど楽しいというわけでもありません。

過去のお化け屋敷研究では、楽しさは恐怖が弱すぎても強すぎても下がり、”ちょうどいい怖さ”のときに最大化することが示されています。

弱すぎれば退屈で、強すぎれば苦痛になります。「怖いけど大丈夫」という絶妙な細い道の上に、お化け屋敷の面白さは成り立っているのです。

「初デートが結婚に至った人もいる」――研究の始まりは、私的な実感だった

今回の研究の面白いところは、研究者たち自身が大のお化け屋敷ファンだったという点です。

研究を主導したのは、当時フロリダ大学の学部生だったジェーン・ワイリー氏(現在はバージニア大学社会心理学博士課程)です。彼女はメディア取材に対して、研究の出発点をこう語っています。

「このテーマは、私と指導教官のスワン博士にとって個人的なものなんです。彼と私は大のホラーファンで、お化け屋敷も大好きで。一緒に体験することが、いかに強い絆を生む経験になるか、私たちはたくさん話をしてきました」

ワイリー氏はさらに『実例』を挙げています。

「指導教官は、初期のデートでハロウィン・ホラー・ナイトに行き、それがのちの結婚につながりました。私自身も、共著者のギャレット・ジョンソンとはお化け屋敷を一緒に体験したことがきっかけで、とても親しくなったんです」

つまり、この研究の動機は教科書の中から生まれたのではなく、研究者たち自身が肌で感じてきた「お化け屋敷って人を近づける気がする」という実感から始まっています。

ところが、彼女たちがいざ文献を調べてみると、当時、お化け屋敷と人間関係に焦点を当てた研究はほとんど存在しませんでした。

「だったら自分たちでやってみよう」というのが、この大規模な調査の出発点だったのです。

お化け屋敷で「2人の距離が縮まる」かどうかを決める鍵

お化け屋敷で「2人の距離が縮まる」かどうかを決める鍵
お化け屋敷で「2人の距離が縮まる」かどうかを決める鍵 / Credit:Canva

研究の舞台になったのは、フロリダ州ゲインズビルにある商業用お化け屋敷「Gainesville Fear Garden」でした。このアトラクションはハロウィンシーズンに営業する本格的な施設で、年ごとにテーマや構造を変えていきます。

目隠しとヘッドホンで感覚を奪う没入型の年もあれば、俳優が登場する伝統的なお化け屋敷の年もありました。

研究チームは2022年から2024年までの3年間、ここを「実験室」として使い続けました。協力した参加者は合計3,831人。

そして研究では主に、人間関係への影響を3つの角度から調べました。

1つ目は、体験後に「相手と近づいた気がするか」をストレートに聞く調査。

2つ目は、お化け屋敷に入る前と出た後で、親密さの点数が本当に変わったかを直接比べる調査。

そして3つ目は、参加者本人に「なぜそう感じたのか」を、対面でじっくり言葉で説明してもらうインタビューです。

結果、お化け屋敷で強く怖がった人ほど、「この体験で相手と近づいた」と感じやすかったことがわかりました。

また、体験中に手をつないだり、抱きついたり、ぶつかったりといった身体接触をした人も、相手との距離が縮まったと感じやすい傾向がありました。

これは日常感覚にもよく合っています。

怖い場面では、相手の存在が急に大きく感じられます。

暗闇の中で、隣にいる人の声を聞く、思わず手を握る、相手が叫んだのを見て、自分も笑ってしまう。

そうした瞬間に、私たちは「この人と一緒に体験している」と強く感じます。

興味深いのは、この関連が「親しい相手」だけのものではなかったことです。

研究チームは途中で実験設計を切り替え、「グループの中で最も親しくないと感じる相手」や「最もよく口論する相手」に焦点を当ててみました。

それでも約45%の参加者が「この体験でその人と近づいた気がする」と回答したのです。

さらにグループ全体について聞いた場合は、64%が「グループの絆が深まった気がする」と答えました。

少なくとも主観的なレベルでは、お化け屋敷は親しい相手とも、ちょっと気まずい相手とも、距離を縮めるように働くようでした。

ここまでは、研究者たちの予想通りでした。

ところが、お化け屋敷に入る前と出た後で「相手にどれくらい親しさを感じているか」を直接数値で比べてみると、そのスコアはほとんど動いていなかったのです。

距離を縮めたと多くの人が答えている割に、その様子が数値に見えてこないのは、一見すると矛盾に思えます。

ワイリー氏も「最も驚いた発見は、お化け屋敷の前後で親密さの数字に変化が見られなかったことでした。私たちは、最も親しいペアを対象にした調査と、最も親しくないペアを対象にした調査の両方を行いましたが、どちらも親密度の数字に大きな変化は見られなかったんです」と述べています。

そこで研究者たちは、この食い違いを解くために、20人の参加者への対面インタビューを行いました。

アトラクションとアンケートを終えたばかりの人たちを、静かな場所に招いて、じっくり話を聞いたのです。

そこで見えてきたのは、思いがけない答えでした。

20人中16人が、「お化け屋敷のあとに体験を振り返ったり、会話したりすることが、絆にとって大事だった」と語ったのです。

参加者にとって大切だったのは、単に一緒に怖がったという事実だけではありませんでした。

ある参加者は、こう答えました。

「家までは車で1時間半かかるんですよ。その間ずっと、さっきの音響装置の話をするって、もう分かってます」(参加者18)

別の場面で、同じ参加者は、初対面の相手と一緒にお化け屋敷を体験したときのことについて、こう語っています。

「3時間前に会ったばかりの人と、一緒にお化け屋敷を体験したんです。そしたら、”もう親友だよね”って感じになったんですよ。そういうものなんです、お化け屋敷って」(参加者18)

体験を語り直すことで、ただの恐怖体験が、「私たちが一緒にくぐり抜けた物語」に変わっていく――そう感じている参加者が、明らかに多数派でした。

そして参加者たちは、もう一つ印象深いことも口にしていました。

お化け屋敷という「ふだんの自分たちからは少し離れた状況」では、相手の見えない一面が顔を出すのだ、と。

20人中14人が、これに近いことに触れています。

ある参加者は、お互いに頼り合う感覚をこう語りました。

「あの場面で、自分は友達が頼れる存在になれたんです。そして自分も友達を頼ることができた」(参加者4)

別の参加者は、もっと踏み込んだことを言っています。

「友達と一緒に怖い思いをする機会って、そう多くないんです。だからこういう状況だと、その人のふだん見えない別の面を知ることになるんですよ」(参加者2)

つまりお化け屋敷では、「日常から離れた、ちょっと特別な体験」と「お互いに頼り合わざるを得ない状況」が同時に起きていて、その両方が「ふだん見えない相手」を見せてくれる。

そしてその後の語り合いが、見えた相手の姿を「思い出」として落ち着ける――そういう二段構えの仕組みが、インタビューから浮かび上がってきたわけです。

ここに至って、研究者たちは一つの見立てにたどり着きます。

そこで生まれる絆は、恐怖の瞬間に完成するのではなく、その後の振り返りと語り合いを通して、ゆっくりと結晶化していく――そう考えたほうが、これまでの食い違った結果がきれいに説明できるのです。

なぜ「怖かったね」と話すだけで、絆が形になるのか

なぜ「怖かったね」と話すだけで、絆が形になるのか
なぜ「怖かったね」と話すだけで、絆が形になるのか / Credit:Canva

なぜ、ただ「怖かったね」と話すだけで、絆が形になるのでしょうか。

本気で叫び、心拍が上がり、相手の手を握ったあの瞬間こそが核心であってもよさそうなのに、研究チームが見つけた答えは、もっと地味で人間らしいものでした。

考えてみると、恐怖の真っ最中の感情は、まだ言葉になっていません。

叫び、笑い、逃げるように出口へ向かう――その瞬間に流れているのは、整理されていない感情の塊です。

それが「思い出」になるには、あとから誰かと眺め直し、言葉をつける時間がいります。

撮った写真も、シャッターを切った瞬間ではなく、あとで誰かと「ここで笑ってたよね」と眺めるうちに「あの日の一枚」になっていきます。

お化け屋敷の叫び声も同じで、出口の外で交わす会話があってはじめて、「2人で乗り越えた出来事」へと変わるのです。

実は、強い感情は誰かに話したくなるものであり、その語り合いが関係を動かしていくことは、これまでの心理学研究でも繰り返し示唆されてきました。

私たちの心は、ひとりで感情を完結させるよりも、誰かに話して初めて「腑に落ちる」ようにできているのかもしれません。

さらに、誰かと一緒に体験するだけで、その感情は強まることも知られています。

ブースビーらの実験では、おいしいチョコは一緒に食べるとより美味しく、まずいチョコはよりまずく感じられました。

共有している事実そのものが、感情のボリュームを上げていたのです。

お化け屋敷でも、1人で怖がる怖さは「自分だけの感情」ですが、隣の人も怖がっていれば「私たちの感情」になります。

そして体験のあとで語り合えば、その怖さは、共有された記憶として残りやすくなっていきます。

「怖かったね」という一言は、ただの感想ではなく、自分の中の怖さを、相手と分かち合える記憶に変える言葉なのです。

元論文

Haunted attraction: The effects of recreational fear on interpersonal bonding.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/emo0001615

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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