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牛のゲップを「メタンまみれ」にしてた真犯人、ついに判明

  • 2026.5.29
牛のゲップを「メタンまみれ」にしてた真犯人、ついに判明
牛のゲップを「メタンまみれ」にしてた真犯人、ついに判明 / Credit: Xie et al., Science, 392, eadv4244 (2026)

牛や羊などの家畜のげっぷには、地球を温める力の強いメタンガスがたっぷり含まれています。

世界中で人間の活動から出るメタンのうち、およそ3割が家畜由来とされており、地球温暖化を考えるうえで決して無視できない存在なのです。

ところが、胃のどこで、誰が、どうやってメタンを増やしているのか──その仕組みの中心部分は、約50年ものあいだ誰も突き止められませんでした。

中国の中国科学院水生生物研究所(IHB)を中心とする研究チームが、ついにその答えを見つけました。

カギを握っていたのは、牛の胃のなかにすむ小さな生き物の細胞のなかに、こっそり隠れていた謎の部品(細胞小器官)でした。

研究内容の詳細は、2026年4月30日付で科学誌『Science』にて発表されました。

目次

  • 牛のげっぷは、なぜ地球温暖化を起こすのか?
  • 細胞の奥で見つかった、メタン生成の加速装置
  • 個体差の謎にも答え、そして応用への道へ
  • 繊毛虫は何を取り込んでしまったのか?

牛のげっぷは、なぜ地球温暖化を起こすのか?

牛のげっぷは、なぜ地球温暖化を起こすのか?
牛のげっぷは、なぜ地球温暖化を起こすのか? / Credit:Canva

牛のゲップはメタンを大量に含む

牛のげっぷが温暖化に関係していると聞いても、最初はピンと来ないかもしれません。

「あのげっぷ」に地球環境を変えるほどの威力があるとは到底思えないからです。

けれど牛のげっぷには、メタンガスが大量に含まれています。

このメタンは、よく聞く二酸化炭素と比べて、何十倍もの強さで地球を温めてしまう、なかなか厄介な気体です。

世界の人間活動から出るメタンのうち、牛や羊といった反芻動物だけで、その3割近くを占めているとされています。

なぜ牛だけが、これほどメタンを出してしまうのでしょうか。

理由は、牛のお腹のなかにあります。

牛は反芻動物と呼ばれていて、胃を4つも持っています。

なかでも一番大きいのが第一胃で、ルーメンとも呼ばれ、ここが牛の消化のメインステージになっています。

この第一の胃のなかには、目に見えないほど小さな微生物たちが、ぎゅうぎゅう詰めで暮らしています。

牛が口にした硬い植物の繊維は、まずこの微生物たちに分解してもらわなければ消化できません。

牛は、胃のなかに「専属の解体チーム」を住まわせているわけですね。

このとき微生物たちが働いた副産物として、水素ガスと二酸化炭素が放り出されます。

それをわざわざ拾い集めて、せっせとメタンに作り替えてしまう生き物が、第一胃の中にはもう一種類いるのです。

「メタン生成古細菌」と呼ばれる、メタンを作るのが大好きな小さな生き物の仲間です。

この仲間は、じつは私たちのよく知る細菌とはちがうグループ(古細菌)に属しますが、本記事では読みやすさのために「メタン菌」と呼ぶことにします。

水素と二酸化炭素を組み合わせてメタンに変える、いわば小さな化学プラントのような働きをしています。

こうしてできたメタンを、牛は自分の体では使えません。

そこでげっぷとして外に出してしまうのです。

これが、牛のげっぷ=メタンの正体です。

胃袋の中の共犯者

ところがこの話には、長らく見過ごされてきた登場人物がもう一人いました。

それが繊毛虫と呼ばれる、小さな生き物です。

繊毛虫は、細菌よりずっと大きく、構造もずっと複雑です。

私たち人間と同じ「真核生物」(核をもつ生き物)という大きなグループに属する、本格的な小さな生き物と言えるでしょうか。

表面に短い毛がびっしり生えていて、それを使って動いたり食べたりしています。

その毛が「繊毛」、繊毛をまとった生き物だから繊毛虫、というわけです。

第一胃に住む微生物の重さで見ると、繊毛虫は最大で全体の4分の1ほどを占めることもあります。

決して脇役ではありません。

そして昔から、ある不思議な事実が知られていました。

繊毛虫が多い牛ほど、げっぷのメタンも多くなるのです。

実験で繊毛虫を取り除くと、メタン排出量が最大で3割以上も減ることもわかっています。

ところが、繊毛虫自身はメタンを作ってはいません。

それなのに、繊毛虫がいるとメタンが増える。

いったい、なにが起きているのでしょうか。

有力な仮説はありました。

「繊毛虫が、メタンを作る微生物に水素を渡して、メタン作りを応援しているのではないか」というものです。

水素はメタンの材料ですから、誰かが気前よく水素を供給してくれれば、メタン菌は喜んでメタンをどんどん作ってくれるはずだ、と(Newbold ら, 2015;Firkins ら, 2020)。

しかし、ここからが難問でした。

繊毛虫の細胞のいったいどこで、どんな仕組みで大量の水素が作られているのか、これがおよそ50年にわたって、誰一人として決定的に示せなかったのです。

場所も、装置も、謎のままでした。

細胞の奥で見つかった、メタン生成の加速装置

細胞の奥で見つかった、メタン生成加速工場
細胞の奥で見つかった、メタン生成加速工場 / Credit: Xie et al., Science, 392, eadv4244 (2026)

この長年の謎に、ようやく答えを出したのが、中国科学院水生生物研究所の魏苗(Wei Miao)教授たちの研究チームです。

研究チームはまず、ずっと滞っていた繊毛虫の遺伝情報の解読を、大きく進めました。

それまで世界で53個ほどしか読まれていなかったゲノム情報を、なんと450個のゲノムからなるカタログにまで広げたのです。

そのうちの87%は、今回新たに読み解かれたものでした。

この大規模な解析の結果、驚くべきことがわかりました。

これまで「32属274種以上いる」とされてきた反芻胃の繊毛虫は、今回の解析では「18属65種」と、思っていたよりもずっと少ない仲間として整理されたのです。

形だけで分類していた時代の図鑑が、遺伝情報によって大きく書き換えられました。

次に研究チームは、代表的なルーメン繊毛虫(ダシトリカ)を取り出し、電子顕微鏡でじっくり調べました。

すると細胞のなかに、ある楕円形の小さな構造が、いくつもぽつぽつと並んでいるのが見えました。

実は、この構造そのものは古くから観察されていたのですが、いったい何をしているものなのか、その正体は長らくはっきりしていなかったのです。

しかし研究チームが調べたところ、2つの大切な酵素が備わっていることがわかりました。

ひとつは水素を作るための酵素、もうひとつはまわりの酸素を取り除くための酵素です。

つまりこの構造は、ふたつの仕事を同時にこなしていました。

水素を作って、メタン菌にエサとして渡すこと。

そしてまわりの酸素を取り除いて、酸素が大の苦手なメタン菌が安心して暮らせる環境を整えること。

メタン菌にとって、これ以上ない「至れり尽くせりのサービス」だったわけです。

しかも水素ボディは、繊毛虫の表面に生えている繊毛の付け根に、寄り添うように集まっていました。

繊毛が多く生えている種類ほど、その根元に並ぶ楕円構造の数も増える──そんなきれいな比例関係まで成り立っていたのです。

研究チームはこの構造を、これまで知られていない細胞内の新たな部分(細胞小器官)として「水素ボディ」(hydrogenobody)と名付けました。

これまでの研究により、繊毛虫の細胞内には水素を作る似た部品(ハイドロジェノソーム)があることは知られていましたが、今回の水素ボディは、それとは明確に別物でした。

昔から知られていた水素生成装置(ハイドロジェノソーム)は仕切りの膜が二重で、ミトコンドリアから進化してきたと考えられているのに対し、水素ボディはたった一枚の膜で包まれていて、ミトコンドリアやハイドロジェノソームとは別ルートで進化してきた可能性があるのです。

しかもその膜は、厚さわずか5ナノメートル。

1ミリメートルの20万分の1という、想像を絶する薄さです。

研究チームは論文のなかで、こうした「膜が一枚だけ」という特徴は、水素ボディがミトコンドリア由来ではなく、従来のハイドロジェノソームとも異なる進化的な起源を持つ可能性を示している、と説明しています。

働きは似ているけれど、生まれも育ちもまるで違う、もう一種類の細胞内部品だったというわけです。

研究を率いた魏苗教授は、こう述べています。「この特徴は、水素ボディがミトコンドリア由来ではないことを示しており、異なる進化的起源を持つ可能性がある」。

働きは似ているけれど、生まれも育ちもまるで違う、もう一種類の細胞内部品だったわけです(詳しくは後述)。

個体差の謎にも答え、そして応用への道へ

個体差の謎にも答え、そして応用への道へ
個体差の謎にも答え、そして応用への道へ / Credit: Xie et al., Science, 392, eadv4244 (2026)

研究はさらに、面白い事実を明らかにしました。

繊毛虫にもいろいろな種類がいるのですが、種類によって水素ボディの数が大きく違うのです。

たとえばダシトリカ属と呼ばれる繊毛虫は、別のエントディニウム属という繊毛虫の、なんと28倍もたくさんの水素ボディを持っていました。

そして実験すると、ダシトリカが多いほど、そのまわりでメタンがたくさん作られていたのです。

さらに羊で調べてみると、メタンをたくさん出す羊は、メタンが少ない羊と比べて、ダシトリカがおよそ100倍もいました。

同じ餌を食べていてもメタンの量がここまで違う──胃のなかにどんな繊毛虫が多いかが、げっぷに含まれるメタンの量を左右する、重要な要因の一つだったのです。

そして実は、研究チームはさらに大胆な見立ても示しています。

水素ボディは「水素を作る」だけでなく「酸素を取り除く」働きも持っていますが、1989年の古典的な研究によると、反芻胃で消費される酸素の最大半分は、繊毛虫が消費しているとされていました(Ellis ら, 1989)。

となると、水素ボディがメタンを増やしている本当の理由は、もしかすると「水素を渡す働き」より「酸素をきれいに掃除する働き」の方が大きいのかもしれません──論文はそう示唆しています。

メタン菌は酸素が大の苦手ですから、そばで誰かが酸素を片付けてくれているおかげで、安心して全力で働けるわけです。

そしてこれは牛にとってもメリットがあります。

胃の中に水素がたまりすぎると、発酵そのものが止まってしまいます。

ガスが充満したタンクのように、新しい分解が進まなくなるのです。

牛が干し草のような人間にとって魅力の薄い草から栄養を取り出せるのは体内の細菌たちが行う発酵のお陰です。

水素体が水素を作り、それを隣のメタン生成古細菌がすぐに消費する──この受け渡し(種間水素伝達)のおかげで水素が低く保たれ、細菌たちは効率よく植物を分解し続けられます。

その結果、牛はエサからより多くのエネルギー(揮発性脂肪酸)を取り出せるのです。

水素体を持つ繊毛虫は、いわば牛の消化工場の「換気・空調係」だったとも言えるでしょう。

そして温暖化の悪役にされていたメタンは、実は「牛の消化をスムーズに回すための換気(水素排除)の副産物」でもあるわけです。

ただし、いいことばかりではありません。

牛の立場で正直に言えば、メタンとして空へ逃げていく水素と炭素は、もともとエサに含まれていたエネルギーの一部です。

牛はそれを使えないまま捨てているので、エネルギーの取りこぼし(摂取エネルギーの数%程度とされます)でもあります。

つまり水素ボディーは、酸素を消して消化環境を守り(牛にプラス)、水素を片づけて発酵を回しつつ(牛にプラス)、最終的にメタンを出してしまう(牛にも地球にもマイナス)という、メリットとデメリットが背中合わせの仕組みなのです。

「メタンが嫌だから繊毛虫を全部消せばいい」という方法は牛やそれを利用する人間にとってもマイナスになります。

そこで研究者は牛のお腹の「特定の細菌」を遺伝子改変して、水素ボディの製造に関わる遺伝子だけを黙らせる方法を提唱しています。

「RNA干渉」と呼ばれる、特定のたんぱく質を作る働きを邪魔する最先端の技術を応用する戦略です。

繊毛虫を全部取り除いてしまえばメタンは減りますが、それでは牛の消化や発酵全体に悪い影響が出てしまいます。

けれど水素ボディの多い「特定の種類」だけを狙い撃ちできれば、消化をある程度守りつつメタンだけを減らせるかもしれないのです。

実用化までには、家畜での効果や安全性を確かめる段階が、まだいくつも残っています。

それでも「とりあえず繊毛虫を減らす」というおおざっぱな話とは、もう次元が違います。

狙うべき的が、くっきり見えるようになったのです。

地球温暖化を抑えるためのヒントは、いつもこうして、思いがけないほど小さなところに眠っているのかもしれませんね。

繊毛虫は何を取り込んでしまったのか?

繊毛虫は何を取り込んでしまったのか?
繊毛虫は何を取り込んでしまったのか? / Credit:Canva

ここからは過去の研究成果を含めて、繊毛虫がなぜ水素ボディを獲得したのか進化の歴史を遡ってみましょう。

私たちの祖先は、もともと核を持つ単細胞の生き物(真核生物の祖型)で、その細胞の中に酸素呼吸が得意な細菌(αプロテオバクテリア)をまるごと一匹、飲み込んだと考えられています。

普通なら消化されてしまうはずのその細菌が、なぜか消化されずにすっかり住み着き、長い時間をかけて宿主と協力関係を結び、最終的に細胞の部品(細胞小器官)になりました。

これがミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)の起源です。

そしてこの過程が、ミトコンドリアは二重の膜に包まれている説明にもなります。

おおまかにいえば、宿主が細菌を飲み込んだときに包んだ袋が外側の膜になり、飲み込まれた細菌そのものが持っていた細胞膜が内側の膜として残ったからだと考えられています。

さらに、ミトコンドリアの中にはいまも独自のDNAが残っています。

これは20億年前の細菌時代の名残りで、私たちの細胞のなかに、いまも遠い先祖の「居候の子孫」が暮らし続けているのです。

では、水素ボディの前から知られていた水素を作る細胞小器官「ハイドロジェノソーム」は何者なのでしょうか。

その正体は、酸素のない環境に適応するなかで変身したミトコンドリアの親戚だと考えられています。

決定打となったのは、嫌気性の繊毛虫ニクトテルスのハイドロジェノソームの中に、なんといまも昔のミトコンドリアのDNAが残っていたことです。

先祖がミトコンドリアだったという、これ以上ない直接的な証拠でした。

つまりハイドロジェノソームは、いったん細菌を丸飲みして作ったミトコンドリアを、酸素のない環境で再び作り替えた結果なのです。

二重膜は、ここでも「かつて細菌を飲み込んだ時の名残り」をきちんと保ち続けています。

では、今回の水素ボディは何を取り込んだのでしょうか。

水素ボディは、膜が一枚しかありません。

「飲み込んだ袋+飲み込まれた生き物の膜」というあの典型的な二段重ねが見当たらないのです。

論文を率いた中国科学院水生生物研究所のチームは、水素ボディは細胞のなかにもともと存在していた内膜系(ないまくけい。小胞体やゴルジ装置といった、細胞のなかで物質を運ぶ袋のシステム)から派生してきた可能性が高いと推測しています。

つまり繊毛虫が、自分の細胞のなかにあった既存の袋を改造して、水素工場として使い始めたわけです。

「でも、水素を作る能力はどこから手に入れたのでしょうか?」

ここで登場するのが、進化生物学の重要なキーワード「水平伝播」です。

これは、ある生き物が、まったく別の生き物から遺伝子だけを取り込む現象のことです。

子孫に縦に受け継がれる「垂直」の遺伝に対して、横に飛び込んでくるので「水平」と呼ばれます。

論文の著者たちは、水素ボディで酸素を取り除く酵素(FDP)について、ファーミキューテス門の細菌(ルーメンに住む細菌たち)から水平伝播で取り込まれたらしい、と示しています。

一方、水素を作る酵素(ヒドロゲナーゼ)のほうは、どこから来たのかまだ不明ですが、既知のどの真核生物・原核生物のものとも違う、独自のつくりをしていました。

つまり酸素を取り除く道具については、まわりの細菌から遺伝子を借りてきた可能性があますが、水素を作る道具のほうはまだ起源不明となっています。

ですが繊毛虫はこうした道具を、自前の細胞内の袋に組み込んで、最終的に酸素を取り除きつつ水素をつくる工場として使っていたようです。

周囲から遺伝子を借りたり、独自の工夫を重ねたりして、もともとあった袋を水素工場の現場へと作り替えた。

そんな、ちょっと変わった成り立ちをした細胞小器官だった可能性が高いのです。

生命というものは、あの手この手で、新しい能力を手に入れてきたことがわかる事例です。

参考文献

Uncovered: An organelle that powers the methane machine in livestock
https://www.eurekalert.org/news-releases/1125794

元論文

Rumen ciliates modulate methane emissions in ruminants
https://doi.org/10.1126/science.adv4244

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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