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「うちは昔からこうしているから」初正月で台所をほぼ一人任された私→翌年に放った宣言で変わった義実家

  • 2026.6.1
「うちは昔からこうしているから」初正月で台所をほぼ一人任された私→翌年に放った宣言で変わった義実家

朝から晩まで台所、義親戚の「早く子どもを」が止まらない初正月

結婚して初めての正月、夫の実家へ帰省した。

玄関で挨拶を済ませ、コートを脱ぐ間もなく義母に台所へ呼ばれた。

「うちは昔からこうしているから」

義母が前掛けを差し出しながら、にこやかに言った。

朝食の片付け、昼の煮物の仕込み、夕方からはおせちの盛り直しと天ぷら。

気がつけば、私は朝7時から夜10時まで台所に立ちっぱなしだった。

(手伝ってくれてもいいじゃない)

夫は親戚たちと座敷で談笑し、義姉や義妹は子どもの世話を理由に台所に来ない。

義母は時々顔を出すものの、指示だけ置いて、また座敷へ戻っていく。

食事の席につけば、ようやく座れた安堵もつかの間。

「で、子どもはいつ?」

義叔母の声が飛んできた。

「夫婦二人なんてもったいない」「うちの孫はもう3人」と、誰かが話を振るたびに台所から運んだお皿を握る指に力が入った。

3日間の帰省を終え、車に乗り込んだ瞬間、肩から抜けた力で涙が出そうになった。

翌年、夫と決めた一言で変わった義実家の空気

あの正月から半年、私は何度も夫に本音を伝えた。

「来年も同じなら、私は帰れない」

夫は最初こそ「母さんに悪気はない」と渋ったが、私が一度泣いて訴えてからは真剣に向き合ってくれた。

2回目の年末、私たちは事前に役割分担を紙に書き出して帰省した。

夫が「今年は俺も台所に立つから」と義母に切り出し、続けて私が告げた。

「今回は少しだけ手伝いますね」

義母の手が、湯気の立つ鍋の前で一瞬止まった。

気まずい沈黙が数秒流れたあと、義母は「そう」とだけ言って、ふきんを置いた。

その日の昼から、夫が皿を洗い、義妹が煮物の味見をし、義姉が子どもを連れてお茶を運んできた。

「早く子どもを」と切り出しかけた義叔母も、夫が間に入って話題を変えてくれた。

3回目の正月では、義母から「今年は重箱詰めるだけ手伝ってくれる?」と最低限の依頼だけが来た。

「うちは昔からこうしているから」が、いつのまにか聞こえなくなっていた。

義実家との距離は、黙って耐えるより、一言宣言したほうがずっと近づくのだと知った正月だった。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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