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32年前、ドラマ初主演を引き受けた歌い手が選んだ夕暮れ ロックの人が低く語り出したバラード

  • 2026.7.5
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2004年12月、東京・日本武道館で行われた矢沢永吉コンサートより(C)SANKEI

夕暮れに、サックスの音がひと吹き立ち上がる。ピアノが穏やかに和音を置いていって、その上から矢沢永吉の声が、静かに降りてくる。冒頭から押し切る勢いはどこにもない。低く語り始めた一人の歌い手の声だけが、夜の入り口にそっと差し出される。

矢沢といえば、突き上げる拳と、フロアを丸ごと持っていく熱量だ。叫ぶ人が、まず低く語る。そして終いには、いつもの炎でしっかり歌い上げる。静から激へ大きく振れる落差を、一曲のなかにまるごと畳み込んだのが、矢沢のバラード代表曲の一つ、『いつの日か』だ。

矢沢永吉『いつの日か』(作詞:秋元康/作曲:矢沢永吉)ーー1994年5月25日発売

静かに口を切ってからロックで歌い上げるまで

歌い出しは、驚くほど静かだ。サックスとピアノが先に出てきて、その上に矢沢の声がぽつりと乗る。手前から張り上げて押し切るのではなく、一語ずつ言葉を確かめる歌い方だ。矢沢ファンならご存知だと思うが、矢沢は激しいアップテンポなナンバーもいいが、こうしたバラードも最高なのだ。熱気をひとまず横に置き、低い場所から物語を始めてみせる。

ところがサビに向かうと、曲は表情を変える。ためていた声がぐっと前へ出て、お馴染みのロックな熱が立ち上がる。バックも一緒に厚みを増して、声を後ろから押し上げていく。静かな入りから一気に火がつくぶん、跳ね上がりが大きい。抑えていた人が解き放つ熱は、最初から飛ばし続ける熱より、かえって深く刺さる。

おもしろいのは、その盛り上がりの末に、矢沢らしいロックな掛け声がこぼれることだ。歌い上げたサビの終わりで、「カモン!」と差し込まれる。バラードのかたちをまといながら、芯のところはまぎれもなくロックの人なのだと、その一声が言ってのける。静けさだけのバラードでも、熱だけのロックでもない。低く語って引き寄せ、サビで燃やし、終わりにひと声を放つ。その振幅をまるごと一曲に閉じ込めているところに、この歌の凄みがある。

歌詞のなかで矢沢は「おまえ」と呼びかける。その相手が昔の恋人なのか、過ぎた日の自分なのか、聴き手なのかは、はっきりとは決められない。決められないからこそ、静かな語りも、激しく押し上げる声も、まっすぐ胸に届く。

畑違いの作り手が詞を預けた金曜の夜9時

この一曲は、TBS系ドラマ『アリよさらば』のエンディングテーマとして世に出た。1994年の春、金曜の夜9時。矢沢にとっては、ドラマ初主演の作品だった。演じたのは高校の教師役で、ステージとはまったく違う場所に立った姿が、毎週ブラウン管に映し出される。週の終わりの夜、ドラマの幕が下りる時間に、この曲が流れる。静かに始まってやがて燃え上がる歌の起伏は、一日の終わりにふっと胸を熱くさせる時間とよく響き合った。

詞を手がけたのは秋元康だ。アイドルやJ-POPのヒットを次々に生んできた仕掛け人が、ロックのボスに詞を書く。畑の違う二人の組み合わせは、それだけで耳をそばだてさせる。秋元はこのドラマの原案にも関わっていて、そこから派生したかたちで詞ができあがった。ドラマの主役を張る矢沢に、その物語を立ち上げた書き手が言葉を渡す。役と歌い手と作り手が一本の線でつながった成り立ちの一曲でもある。

シングルとしてはキャリア通算37枚目。70年代から第一線で歌い続けてきたロックの人が、デビューから20年が過ぎ、肩の力が抜けたところで歌った一曲、と言い換えてもいい。曲を引っ張るのはあくまで矢沢の声で、詞はそれを支える側に回っている。仕掛け人の名がどれだけ大きくても、ここで前に立っているのは歌う矢沢ひとりだ。異色の出会いが、肩肘の張らない一曲に着地している。

抑えた語りと激しい熱、その上下が深く残る

静かに語っていた人が、サビで熱を解き放ち、終わりにロックな掛け声を一つ落としていく。前へ前へと出る矢沢が、ここでは一歩引いて聴き手の隣に来てから熱を上げていく。その上下の幅が、年を経るほど深いところに残る。

絶叫の人だから抑えられる、と言ってもいい。素地に大きな熱量を持つ歌い手が、その手前で立ち止まる。だからサビで火がついたときに、その火がほんものだと耳に届く。声の強さを誇示するのではなく、その強さがある場所をいったん隠してから見せる。バラードという形を、矢沢はそうやって自分のものにしている。

張れる場所をいったん引いて、低い場所から物語を始める。そこから少しずつ熱を引き戻し、最後はロックの呼吸に着地する。一曲のなかに距離がきちんとあるから、聴くたびに位置が変わる。最初は静かな入りに耳が止まり、何度か聴くうちに、サビで噴き上がる熱と終わりの掛け声が忘れられなくなる。

派手に泣かせる節回しや、お決まりの泣きフレーズに頼らない。低く語って近づき、サビで熱を返し、終わりにロックな掛け声を一つ置いていく。それだけで一曲が立つ場所まで運んでみせるのは、長く歌い続けてきた人ならではの腕だ。

声を張れば誰より遠くまで届く人が、その前にあえて低く語る。語りと叫び、そのどちらも一曲のなかに畳み込めるところにこそ、矢沢永吉という歌い手のいちばん深いところが見える。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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