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40年前、放課後のランドセルを放り出して口ずさんだ「チェッ チェッ」 いまも口が勝手に動くワケ

  • 2026.6.28

夕方、学校から帰ってテレビをつける。宿題もランドセルも放り出して、その時間だけは茶の間が子どもたちのものになった。野球部のグラウンド、双子の兄、ひとりの少女。あの青春物語に、毎週どきどきしながら見入った人は、きっと多い。そして、その世界の幕が開く合図を、明るく弾む声で告げていた歌がある。

岩崎良美『チェッ!チェッ!チェッ!』(作詞:康珍化/作曲:芹澤廣明)ーー1986年6月5日発売

テレビアニメ『タッチ』の第3期オープニングテーマ。岩崎良美が歌った『タッチ』主題歌の、3作目にあたる一曲だ。

添え物ではなく作品の体温そのものだった声

『タッチ』は、ただ人気があったというだけのアニメではない。野球マンガの金字塔を原作に、夕方という時間帯を丸ごと自分のものにしてしまった、社会現象と呼んでいい一大ブームだった。翌日の教室は決まってその話で持ちきりになり、達也のことや南のことで、子どもたちは一喜一憂した。テレビの前に座る時間が、生活のリズムそのものに組み込まれていた時代である。そして主題歌は、特別に音楽が好きでなくても、誰もが自然と口ずさめた。

その看板の歌を、ほぼ一手に引き受けていたのが岩崎良美である。アイドルとして活動してきた彼女は、この『タッチ』主題歌のシリーズで、あらためて広い世代へ名前を届けることになった。第1作の『タッチ』から、この曲まで。物語が次の章へ進むたびに、彼女の声が新しい扉を開けた。

アニメの主題歌は、ときに作品の添え物のように語られる。だが『タッチ』にかぎっては、その図式はまるで当てはまらない。毎週あの声で始まる30分があったから、視聴者はあの物語を「自分のもの」として記憶している。岩崎良美の歌は、作品の体温そのものだった。

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1985年12月、第27回日本レコード大賞で歌う岩崎良美(C)SANKEI

歌詞は明るいのにメロディだけが泣いている

おもしろいのは、岩崎良美が歌った『タッチ』の主題歌が、一曲ごとに表情をがらりと変えていることだ。第1作の『タッチ』は、心が騒ぐポップナンバー。続く『愛がひとりぼっち』は、もう少し陰影の濃い、せつなさをたたえた一曲。そして3作目にあたるこの歌で、彼女は力強くはじけてみせた。物語が進み、登場人物たちの関係が動いていくのに寄り添うように、主題歌の温度もまた移ろっていった。

同じ歌い手が、同じ物語の世界を、曲調を変えて何度も塗り直していく。これは聴き手にとって、ちょっとした贅沢である。しかも良美の声は、濁りがなく、どこまでもまっすぐだ。その端正さがあるからこそ、軽快なリズムに乗っても歌が上滑りせず、芯がきちんと通る。明るい曲を、明るいだけで終わらせない落ち着きが、声そのものに備わっている。

そして、ここがこの曲のいちばんの聴きどころだと思う。アップテンポで、歌詞も明るいのに、メロディのどこかに切なさがにじむのだ。作曲を手がけた芹澤廣明がつむぐ旋律は、弾けるサビの裏側に、ふっと哀愁を差し込んでくる。陽気に走り抜けているはずなのに、ある音の運びで、不意に胸の奥がきゅっとなる。

歌詞の言葉は前向きで快活さがあるのに、音の表情は、ほんの少しだけ泣いている。この明と暗の同居こそ、この曲が長く愛されてきた理由に映る。青春とは、楽しいだけのものではなく、いつか過ぎ去っていくからこそ切ない。『チェッ!チェッ!チェッ!』は、その両方を最初から音で知っていたかのようだ。

舌打ち三連に隠した照れと胸のざわめき

タイトルもいい。舌打ちの「チェッ」を、そのまま三つ重ねただけ。深い意味を説明する気配もない、その潔い遊び心が、かえって耳にこびりつく。声に出してみると、なんだか少しだけ強がった、いっぱしの気分になれる。気取りと照れがまざりあった、あの年頃の感情に、この語感はぴったりだった。うまくいかないことへの小さな「チェッ」が、落ち込みではなく、前を向くための弾みに変わっていく。

夕方のテレビの前で、ランドセルを下ろしたまま、この歌を口ずさんだ。歌詞を最後まで覚えていなくても、「チェッ チェッ」のところだけは、いまでも口が勝手に動く人がいるだろう。それは、その人の青春が確かにそこにあった証拠でもある。アニメと、歌と、放課後の日常とが、すべて地続きにつながっていた時代の、幸福な記憶だ。

いま思えば、あの「チェッ」の連発には、子どもなりの照れ隠しと、まだ名前のつかない胸のざわめきとが、同時に込められていた。陽気な掛け声のかたちを借りて、思いどおりにならない毎日を、少しだけ笑い飛ばしてみせる。その軽やかな強がりこそ、青春の手前にいる者の、いちばん素直な表現だったのかもしれない。

夕暮れの光ごと連れ戻すイントロ

三部作を歌い切った岩崎良美の魅力は、姉である岩崎宏美の伸びやかな歌唱とはまた違う、明るくポップな佇まいにある。声を張り上げて感情をぶつけるのではなく、軽やかに、それでいて切実に歌う。その持ち味が、青春アニメの幕開けを飾るには、これ以上なくふさわしかった。明るさのなかに芯の強さと淡い影をのぞかせる声は、揺れ動く10代の気持ちと、どこかで響き合っていた。

いま聴き返しても、この曲はやっぱり弾む。弾みながら、やっぱり少しだけ切ない。鳴り出した瞬間に、あの夕方の斜めの光や、終わってしまった夏の匂いまで、一緒に連れてくるからだ。楽しかった時間は、楽しかったぶんだけ、遠ざかると胸を締めつける。

この一曲は、切なさごと聴く人の青春をまるごと弾ませてくれる。だからこそ、40年という歳月をくぐっても、少しも色あせずに鳴り続けている。あの頃テレビの前にいた子どもたちが大人になったいまも、イントロが鳴れば、心はいっきにあの夕方へ戻れるのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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