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22年前、ヤンキーが「おめでとう」をまっすぐ叫んだ 強がりの裏に隠した、いちばん義理堅いウェディングソング

  • 2026.6.27

強面のヤンキーが、まっすぐな顔で「おめでとう」と歌う。しかも、それが泣ける。氣志團『結婚闘魂行進曲「マブダチ」』は、見た目とのギャップで人の涙腺をゆるめてくる、ちょっと反則みたいな一曲だ。

リーゼントにサングラス、変形制服。その出で立ちから想像する音と、実際に流れてくる祝福の言葉とのあいだには、いい意味で大きな落差がある。

氣志團『結婚闘魂行進曲「マブダチ」』(作詞・作曲:綾小路翔)ーー2004年6月16日発売

通算6枚目のシングル。大きなタイアップがついたわけでもないこの曲は、華々しいヒットというより、もっと人生の深いところに居座り続けることになる。

照れくさい祝福を笑いにくるんで渡す

この曲の魅力は、まずそのギャップにある。いかついヤンキーが歌うのだから、さぞ威勢のいい曲かと思いきや、語られるのは友への感謝と、新しい門出への祝福だ。照れくさくて普段は口にできない言葉を、彼らはわざと大げさに、笑いごとすれすれの熱量で叫んでみせる。

演奏もまた、ふざけているようでいて隙がない。歌謡曲の手触りを残した親しみやすいメロディに、ロックバンドの厚い音が乗り、サビでは誰もが胸を張って合唱できるように作られている。勢いだけで押し切らず、聴かせどころと笑わせどころをきっちり配ってくる。様式の裏に、確かな職人の仕事がある。

まっすぐな祝福を、まっすぐ言うと照れくさい。だから笑いの衣装をまとわせて手渡す。そのひと工夫が、この曲をただのお祝いソングから、胸に刺さる一曲へと押し上げている。強がりの裏にある優しさ。それが、聴く人の予想を裏切って、じんわりと効いてくる。

そもそも氣志團は、千葉発のヤンキー像を、本気と冗談のあいだで演じてみせるバンドだ。コワモテの様式を笑いに変えながら、その奥にはいつも人情がある。だからこの曲のギャップも、唐突なものではない。強面で照れ隠しをしながら、本当はいちばん義理堅い。そんな彼らの芸風が、祝福の歌という題材を得て、いちばん良い形にはまった一曲なのだ。

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2012年12月、パチスロ「魁!!男塾」発表展示会で応援ライブを行った氣志團(C)SANKEI

聴く歌ではなく、誰かが誰かに歌う器

よくできているのは、歌詞の組み立てだ。前半は新郎新婦へ向けた言葉、後半は育ててくれた両親への感謝。結婚式という場で起きることが、ちゃんと順番どおりに歌のなかへ収まっている。しかもところどころは、名前を差し替えて歌えるように作られている。

つまりこの曲は、聴くだけの歌ではなく、誰かが誰かのために歌うための歌として設計されている。だから披露宴の余興で、こぞって使われた。本人たちに代わって友人がマイクを握り、新郎の名前を入れて歌い上げる。歌が、その場の人間関係そのものを乗せる器になる。長く愛される曲には、こういう「使える」強さがあるものだ。

面白いのは、この曲が単発の思いつきではなかったことだ。氣志團はこの前に、クリスマスを歌った曲、卒業を歌った曲を、順に世へ送り出している。クリスマス、卒業、そして結婚。人生の節目を順番に拾ってきた歌たちの、いわば総仕上げがこの一曲だった。笑いながら、ちゃんと人生に寄り添っている。

考えてみれば、人が涙ぐむ場面に強面のヤンキーが現れるという図は、それ自体がもうおかしい。けれどそのおかしさがあるから、しんみりしすぎずに泣ける。式という、ともすれば気恥ずかしくなる場の空気を、彼らの存在そのものがほどよく和らげてくれる。祝う側も祝われる側も、肩の力を抜いて笑える。だからこの曲は、式場で重宝された。

人生の節目に、住みついた一曲

華やかなヒットの記憶は時とともに薄れても、誰かの人生でいちばん晴れがましい一日には、今もこの曲が時折選ばれている。一過性のヒットが一年ほどで役目を終えていくのに対し、この曲は毎年どこかの式場で、初めて耳にする誰かの胸を打ち続けている。

人の記憶ではなく、人生の節目そのものに住みついた歌。それは、どんな大ヒットよりも長く、そして強い愛され方なのかもしれない。強面の祝福は、これからも誰かの門出で鳴り続けていく。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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