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35年前、緑とオレンジの悪役が大真面目に歌った コント曲の皮を被った“職人のポップス”

  • 2026.6.21

1991年、テレビには緑の顔をした怪しい教祖と、オレンジ色の愛人がいた。ふたりの悪役が画面に現れるたび、子どもも大人も声をそろえて「マモー!」「ミモー!」と叫んだ。

マモー・ミモー『マモー・ミモー 野望のテーマ ~情熱の嵐~』(作詞:マモー/作曲:戸田誠司)ーー1991年5月21日発売

最初に言い切ってしまいたい。これはコントのおまけではない。本気で作られたポップスだ。ふざけた企画の底に、職人の仕事がきっちり敷かれている。その妙を、当時のお茶の間の熱と一緒に確かめていく。

お茶の間の約束事だった「ちがーう!」

マモーとミモーは、フジテレビの『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』の人気コーナー「ナン魔くん」に登場した敵役だ。マモーを演じたのは内村光良。世界征服をもくろむわりに野望がいちいちズレていて、そのたびにお決まりの「ちがーう!」が飛ぶ。この掛け声は番組の約束事として、お茶の間にすっかり浸透していった。合いの手の練習はいらない。誰でも一拍で参加できる、最高にハードルの低い共有体験だった。

ここで豆知識をひとつ。「ナン魔くん」というコーナー自体が水木しげる『悪魔くん』のパロディで、使い魔の名前まで同じメフィストだった。そしてマモーの名は、映画『ルパン三世 ルパンVS複製人間』の敵役からの借り物。1991年の時点で1991歳を自称する設定のいかがわしさも含めて、借り物だらけの悪役が本家を食う勢いで人気者になった。その頂点で、テーマソングがCDになる。コントの悪役が、キャラクターの名義のままCDデビューする。文字にすると相当トンチキな出来事を、1991年の視聴者は大歓迎で迎え入れた。

ネタ曲に、ここまでやるか

このシングルの聴きどころは、何といっても曲作りの本気度だ。作曲・編曲は戸田誠司。SHI-SHONEN、FAIRCHILDを率いた、テクノからニューウェーブまでを渡り歩いた本格派である。コントの敵役のテーマに、そんな書き手が本気で手を貸した。

しかもFAIRCHILDは当時、このシングルと同じポニーキャニオンに所属していた。レーベルの現役ミュージシャンが、社内の人気コント曲を引き受けた構図に映る。だからこの曲は、笑いながら聴いているうちに正体を現す。

歌謡曲の熱を装いながら、土台のポップスがやけにしっかりしている。ネタだと思って油断した耳に、職人の手つきが残る。ふざけているのは歌詞とキャラクターであって、音はふざけていない。この振り分けの確かさが、この曲の効き目の源だ。

クレジットにも遊びがある。作詞は「マモー」。内村光良ではなく、キャラクター本人の名義なのだ。世界征服を企む教祖が自分のテーマ曲の詞を書いた、という体裁を最後まで崩さない。この徹底ぶりから、作り手たちが本気で遊んでいる現場が透けて見える。

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1998年6月、日本テレビ「ズームインASIA」制作発表に出席したちはる(C)SANKEI

オレンジ色の愛人は、嫌われなかった

そして忘れてはいけないのが、ミモーを演じたちはるだ。ペンキ塗りのバイト中にマモーを怒らせ、オレンジに塗られて愛人にされたというめちゃくちゃな設定。それでもミモーが嫌われ役にならなかったのは、ちはるの愛嬌のたまものと言っていい。ミモー役で一世を風靡し、90年代のバラエティを彩った顔のひとり。その名前を見るだけで、懐かしさに体温が上がるのを感じる。

マモーが大真面目に無茶な野望を語り、ミモーがとぼけて寄り添う。あの呼吸まで含めて、この曲を懐かしむ人は多いはずだ。

サブタイトルの「情熱の嵐」は、西城秀樹の同名曲を連想させる言葉選びだ。悪役ふたりが大真面目に歌い上げる姿ごと、この曲は90年代の「お笑いと歌謡曲が地続きだった風景」を閉じ込めている。

世代を超えて演奏され続ける野望

2015年6月、NHK『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』でマモーとミモーは約25年ぶりに復活し、当時を知る世代をざわつかせた。緑の顔とオレンジの顔は、四半世紀を経ても一目でわかる悪役だった。本気でふざけたものは、古びない。この曲を聴き返すたび、その確信が深まっていく。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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