1. トップ
  2. エンタメ
  3. 5年前、世界の映画祭を震撼させた「底知れないヒロイン」NHKドラマに引っ張りだこの“カメレオン女優”とは

5年前、世界の映画祭を震撼させた「底知れないヒロイン」NHKドラマに引っ張りだこの“カメレオン女優”とは

  • 2026.6.21
undefined
2023年1月、映画『スクロール』完成披露試写会に登壇した古川琴音(C)SANKEI

役者の魅力は、たいてい「その人らしさ」に宿る。何を演じても変わらない核があり、それを個性と呼ぶ。だが、古川琴音はそこが少し違う。

この人は作品ごとに別人に見える。前の役の体温が、次の役にはまるで残らない。そして不思議なことに、その変幻は古川がひとりで掴み取ったものではない。作家性の強い監督や脚本家が繰り返し古川を呼び、その手のなかで古川は毎回違う顔になる。呼ばれるたびに変わる女優。誰と組むかで姿を変える、内発の変幻。それが古川琴音という役者の正体だ。

まず世界の映画祭が見つけた

その変幻の起点は、世界の映画祭にある。2021年の映画『偶然と想像』。濱口竜介監督が三つの短編で編んだ作品の「魔法(よりもっと不確か)」で、古川は主演を務めた。元恋人を呼び出し、過去をたぐり寄せていく芽衣子という女。会話の温度が一瞬ごとに変わる、難度の高い一篇だ。この作品は第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞している。

注目すべきは、作り手の側だ。緻密な対話劇で知られる濱口が、その世界の入り口を任せる相手として古川を選んだ。この起点に、古川のその後がすべて畳み込まれている。自分から打って出るのではなく、強い作り手に見出されて立つ。古川の変幻は、ここから誰かの手で引き出されていく。

作り手が変われば別人になる

古川の振れ幅は、組む相手の数だけ広がっていく。2024年の黒沢清監督・脚本の映画『Cloud クラウド』では、菅田将暉演じる主人公の、どこか掴みどころのない恋人を演じた。同じ年、フジテレビ系の連続ドラマ『海のはじまり』では、脚本家・生方美久が描いた南雲水季を生きた。物語が始まる時点ですでに故人で、回想のなかから立ち上がってくる、芯の強い女性。画面に居続けるのではなく、不在から人物の輪郭を立てる役だった。

中江裕司が脚本・演出をつとめた2026年のドラマ『魯山人のかまど』では、出版社の若手記者・田ノ上ヨネ子を演じている。北大路魯山人という巨人に向き合う聞き手の役だ。さらにさかのぼれば、2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』では、武田方に通じる歩き巫女・千代を演じ、変装と二面性で物語を引っかき回した。

謎めいた恋人、不在の元恋人、巨匠に向き合う記者、暗躍する巫女。並べてみても、同じ俳優の仕事とは思えない。共通点がないことこそが、古川の一貫性だ。そしてその顔の幅は、毎回違う作り手に同期して生まれている。誰の世界に呼ばれるかで、古川は別の人間になる。

朝の脇から深夜の主役へ

変幻の足場を地道に固めてきたのが、NHKでの仕事である。2020年のNHK連続テレビ小説『エール』で、古川は主人公の長女・古山華を演じた。朝ドラのなかで一家の歩みに寄り添う役だ。2025年のNHK連続テレビ小説『あんぱん』では中尾星子を演じ、役柄の年齢も色も変えながら、放送の場を行き来してきた。

そして2026年、NHK総合の夜ドラ『ミッドナイトタクシー』で、ついに主演に立つ。朝ドラの脇から始まり、年齢も佇まいも変え続けて、夜ドラの主役へ。同じ局のなかで役を塗り替えながらここまでたどり着いた歩みは、変幻の力をそのまま証明している。

役そのものが変幻でできている

最新作『ミッドナイトタクシー』は、古川のこれまでを役の構造に落とし込んだような一本だ。脚本は向田邦子賞を受けた新鋭・兵藤るりが手がける。古川が演じる蘭象子は、アフリカで生まれ、北欧を経て日本にたどり着いた29歳。母に育児放棄され、叔母に育てられた深夜専門のタクシードライバーだ。

この役の核心は、毎話違う乗客と向き合うという構造そのものにある。後部座席に座る相手次第で、蘭は表情を変え、声の置き方を変える。それは、作家性の強い書き手や監督に呼ばれるたびに別の顔になってきた古川の方法論を、そのまま役の設計図にしたものだ。

そして今回、その鍵を託したのもまた、向田邦子賞を受けた新しい書き手だった。濱口竜介に見出され、黒沢清や生方美久のもとで姿を変え、NHKで足場を固めてきた古川を、次の世代の作り手がもう一度引き出そうとしている。ひとりで作らないという方法を貫いてきたからこそ、古川琴音はこの先も、呼ばれるたびに新しい顔を見せていく。


※記事は執筆時点の情報です

の記事をもっとみる