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〈ミュウミュウ〉が日本のジャズ文化に注目する理由。「Miu Miu Jazz Club Tokyo 2026」レポート

  • 2026.5.29

2026年5月13日、東京・鶯谷の「ダンスホール新世紀」にて行われた「Miu Miu Jazz Club Tokyo 2026」。なぜ〈ミュウミュウ〉が日本のジャズ文化に目をつけたのか。その背景にはこれまでブランドが力を入れてきた文化プロジェクトがあった。

photo: Zero Wang / text: Sogo Hiraiwa

ピアノを演奏する上原ひろみ
BRUTUS

グラミー賞ピアニストの上原ひろみが指を鍵盤に落とした瞬間、昭和の残り香が色濃く漂うボールルームの温度が変わった。5月13日、東京・鶯谷の「ダンスホール新世紀」。〈ミュウミュウ〉が銀座店リニューアルを記念して開いた一夜限りのイベント「Miu Miu Jazz Club Tokyo 2026」のステージである。

マルチインストゥルメンタリストのLilyによるDJが映画『Shall we ダンス?』のモデルになった歴史あるステージの空気を温め、トランペッターの寺久保伶矢がその熱を引き締めたあと、トリに登場した上原が会場の喧騒を制し、観客の視点を一手に集めると、全身で没入するように、そして軽やかにピアノを鳴らしていく

Charaや黒木華、齋藤飛鳥、のん、橋本愛、友沢こたお、片岡千之助といった華やかなゲストを横目に、ひとつの問いが浮かぶ。ミュウミュウはなぜ数あるジャンルのなかからジャズを選んだのだろうか。
答えはおそらく、〈ミュウミュウ〉が15年以上かけて描いてきた一本の線のなかにある。

トランペットを演奏する寺久保伶矢
寺久保伶矢の歌うようなトランペット演奏で、場内は熱気を増していく。

ミウッチャ・プラダが率いる〈ミュウミュウ〉は、これまでも女性の創造性を称える文化プロジェクトを、多分野を横断しながら行ってきた。その最初にして最も持続的な取り組みが、2011年に始まった短編映画シリーズ「Miu Miu Women's Tales」だ。

作り手に完全な創作の自由を保証するこの映像プロジェクトには、ルクレシア・マルテルやミランダ・ジュライ、アリス・ディオップなど、現代を代表する映画監督が参加。一人ひとりに個別の歴史・政治・文化的体験を通して獲得した視点から、それぞれのフェミニニティを表現する場を提供している。

一方、2024年に始動した「Miu Miu Literary Club」は文学がもつ創造的な力を再提示する文芸プログラムだ。「Writing Life(物書きの人生)」をテーマに開催された初回は、イタリアの作家シビラ・アレラーモとアルバ・デ・チェスペデスという初期フェミニズムの作家ふたりにスポットが当てられ、19世紀の趣を今に残すチルコロ・フィロロジコ・ミラネーゼ(ミラノ文化協会)を会場に、小説家が参加するパネルディスカッションや朗読会、ライブやDJのパフォーマンスが交差する文学クラブとして、2日間にわたり開催された。

続く2025年には、フランスの作家シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『離れがたき二人』と円地文子の『女坂』、さらに上海出身の作家・張愛玲の『The Fall of the Pagoda(原題)』を“課題図書”に取り上げ、「A Woman's Education(女性の教育)」のテーマを探求している。

「Miu Miu Jazz Club Tokyo 2026」の様子
ゲストは演奏を聴きながら、お酒や特製のちらし寿司に舌鼓を打った。卓上ナプキンと箸袋もミュウミュウによる特製のもの。

アートに焦点を当てた試みもあった。2021年から2024年にかけて、パリのイエナ宮で開かれた〈ミュウミュウ〉のランウェイには、メリエム・ベナニやゴシュカ・マクガといった気鋭の現代美術作家のインスタレーションや映像作品が展示され、アートとの対話によってファッションショーという形式を拡張している。

映画、文学、アート。異なる表現フォームを横断して展開される〈ミュウミュウ〉の文化プログラムだが、そこには一貫した問いがある。

それは「女性の経験や視点を、どのように表現し、共有できるか」という問いだ。

この問いは、日本独自に展開されている文化プログラムにも継承されている。今回のジャズクラブに先立ち、2023年に開催された「Miu Miu Club Tokyo」では、能に焦点を当て、能面師の宇髙景子が制作した面の展示や、能楽師である鵜澤光のパフォーマンスを通じて、長らく女人禁制がひかれていた能という日本の伝統芸能のなかで活躍する女性の作家のありようを探った。

ピアノを演奏する上原ひろみ
圧巻のパフォーマンスを見せた上原ひろみ。来場者全員の耳を魅了した。

今回の「Miu Miu Jazz Club Tokyo 2026」もその流れのなかにある。〈ミュウミュウ〉が注目したのは、日本のジャズ文化とジャズ喫茶の固有性だ。

1950年代以降、日本はジャズの輸入や再定義にとどまらず、ジャズ喫茶という世界でも珍しいリスニング空間を生み出し、「聴くこと」を重んじる独自の鑑賞文化を洗練させてきた。

コロナ禍以降、欧米で流行しているリスニングバーの先駆けであるからなのだろう、ジャズ喫茶は近年、国際的に耳目を集めている。2025年、ミラノの出版社ERG Mediaが、長年にわたりジャズ喫茶を撮影してきた楠瀨克昌の写真集『Jazz Kissa』を刊行したのも記憶に新しい。

『Jazz Kissa』では、1970年に栃木県足利市にジャズ喫茶「JAZZ オーネット」を開業し、多くのリスナーを育てた菅沼きく枝など、ジャズ喫茶の文化やコミュニティに貢献した女性の店主たちが紹介されている。

ジャズというと「男の世界」という印象が強い。しかし一方で、秋吉敏子やマーサ三宅といったプレイヤーや教育者たちが、多様な関わり方で日本のジャズ文化の革新に貢献してきたのも事実である。

「Miu Miu Jazz Club Tokyo 2026」はそうした日本のジャズの歴史を踏まえたうえで、現代のジャズプレイヤーと同時代に生きるオーディエンスのあいだに、新たな文化的対話を生み出す試みなのだ。

「東京キネマ倶楽部」の入り口。
「東京キネマ倶楽部」の入り口。入場制限されるほどの盛況ぶり。

「東京キネマ倶楽部」に会場を移して始まったアフターパーティでは、インディーポップとオルタナティブR&Bを軸とするロンドン出身のシンガーソングライター、アーロ・パークスがヘッドライナーを務めた。

幼少期にセロニアス・モンクやマイルス・デイヴィスを聴いて育ったという彼女の甘い歌声が会場を包むなか、訪れたオーディエンスはこの日のために用意されたオリジナルカクテルを片手に、思い思いの社交を楽しんでいた。

「東京キネマ倶楽部」でパフォーマンスをするアーロ・パークス。
「東京キネマ倶楽部」に登場したアーロ・パークス。春風のような歌声がオーディエンスを優しく包み込む。

なぜジャズだったのか。その答えはきっと、ジャンルそのものではなく、ジャズが生む関係性のほうにあるのだろう。演奏者と聴き手、昭和のダンスホールと現代のファッション、日本のリスニング文化と海外からの視線──それらが一晩のあいだに何度も交差し、複雑で豊な対話を生んでいく。

その夜、鶯谷に現れたのは、音楽を聴くという身体的な営みを通して形づくられる現代のサロンだった。

「Miu Miu Jazz Club Tokyo 2026」の様子
BRUTUS

Information

MIU MIU 銀座店

住所:東京都中央区銀座2-6-5

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