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かつて、日本サッカー界をけん引した「日本屈指のストライカー」現役引退→“コーヒー栽培”に勤しむ現在とは

  • 2026.7.5
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2011年撮影、サッカーJ1 浦和対清水 後半 ゴールを決め、サポーターに向かって両手を広げてアピールする清水・高原直泰(C)SANKEI

かつてテレビや雑誌で頻繁に目にしたスポーツ選手は、今どこで何をしているのでしょうか。時代とともに移り変わるスポーツ界で、一世を風靡した有名人の“その後”に興味は尽きません。そこで今回は、高原直泰さんの現在をご紹介します。かつての輝きは今も健在なのか、それとも新たな道を歩んでいるのか――。高原直泰さんの意外な今に迫ります。

元日本代表ストライカーとして日本サッカー界をけん引

日本サッカーの歴史において、1979年前後に生まれた「黄金世代」のなかでも、圧倒的な得点センスで世界を震え上がらせた天才、それが高原直泰さんです。

ジュビロ磐田でのJリーグ得点王・MVP獲得にとどまらず、ドイツ・ブンデスリーガのハンブルガーSVやフランクフルトで放った鮮烈なゴールの数々は、今も多くのサポーターの胸に焼き付いています。海外のファンから「寿司ボンバー」の愛称で恐れられ、日本代表のエースとして国際舞台で戦い抜いた、日本屈指の「本物のストライカー」これが彼の揺るぎない原点です。

しかし、Jリーグのスターとしてキャリアの頂点を極めた男は、現役晩年、誰も予想しなかった驚くべき「次のピッチ」を選びました。過去のネームバリューに甘んじてテレビの解説席に座るのではなく、一から自らの手で理想のクラブを作り上げる道を選んだのです。

「代表・監督・選手」の三刀流から次なるステージへ。沖縄SVの覚悟

高原さんが「スポーツを軸にした地域貢献」を掲げ、沖縄の地に移住したのは2015年のこと。同年12月に自ら創設したサッカークラブ「沖縄SV(エスファウ)」では、自らが代表・監督・選手という異例の“三刀流”をこなしながら、クラブを地域に根付かせるために奔走しました。

2023年限りで惜しまれつつも現役を引退。2025年シーズンはJFL(日本フットボールリーグ)で戦い抜き、2026年シーズンには新たなトップチーム監督として尾松剛氏を招聘。高原さん自身は代表取締役CEOとして、悲願のJリーグ参入に向けて、より経営やピッチ外での基盤強化に100%の情熱を注いでいます。

彼がここまでクラブ運営にこだわる背景には、自身が身をもって痛感してきた「アスリートのセカンドキャリア」と、地方クラブの「持続可能な収益基盤」への強い問題意識がありました。その答えとして高原さんが導き出したのが、サッカーの枠を超えた「農業への本格参入」でした。

コーヒー栽培や農業事業にも本格的に取り組む

「農業はスポーツだ」

この合言葉のもと、2021年に設立されたのが「沖縄SVアグリ株式会社」です。高原さんが選んだ作物は、沖縄の新たな特産物になり得る可能性を秘めた「コーヒー」でした。

元日本代表のスターがみずから作業着に身を包み、泥にまみれて畑を耕す姿は、当初多くの驚きをもって迎えられました。しかし、地元農家の手伝いから始めたその取り組みは、沖縄の一次産業が抱える担い手不足や耕作放棄地の問題を解決するリアルな地方創生プロジェクトへと進化しています。

ネスレ日本や琉球大学のサポートを受けスタートした「ネスカフェ 沖縄コーヒープロジェクト」は、県内20カ所の農場へと規模を拡大。さらに、2025年10月には、那覇市内に自身のコーヒー焙煎所『TAKAHARA COFFEE ROASTERY』をオープンさせ、生産から加工、販売までを繋ぐ6次産業化への確かな一歩を刻みました。2026年現在も、クラブの選手たちがサッカーの練習だけでなく畑に立ち、地域と共に汗を流す新しいアスリートの生き方をデザインしています。

SNSでも「地域のためにここまで行動する元日本代表は珍しい」「サッカー以外でも夢を追い続けている姿がかっこいい」といった好意的な反応が多く見られます。

2026年、高原直泰が耕し続ける「夢のつづき」

2026年現在、高原直泰という存在は、単なる「元サッカー日本代表のレジェンド」という枠組みを完全に超越しています。

かつてスタジアムを熱狂させた鋭い勝負勘と圧倒的な推進力は今、沖縄SVをJリーグへ押し上げるためのクラブ経営、そして沖縄の大地から世界へ届けるコーヒーの栽培という、壮大な未来へ向けて発揮されています。

現状に満足せず、自らの名前の知名度を地域の課題解決のために使い果たす覚悟。
かつて日本中のサポーターに歓喜のゴールを届けてくれたストライカーは今、形を変え、沖縄の豊かな自然と人々、そして次世代のアスリートのために、最も泥臭く、最も美しい「夢」を耕し続けています。


※記事は執筆時点の情報です

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