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かつて一世を風靡した“国民的トップアイドル”。新人賞を獲得→“鬼才監督”たちがこぞって指名する“実力派女優”とは

  • 2026.6.23
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2016年6月、エアウィーヴ「美容睡眠研究プロジェクト」記者発表に出席した伊藤万理華(C)SANKEI

俳優のキャリアには、本人の努力だけでは説明しきれない部分がある。誰が、その人を選んだか。起用という事実は、選んだ側の見立てがそのまま乗ったものだ。だから誰に呼ばれてきたかを順に並べると、その俳優の現在地が、外側から立ち上がってくる。本人が何を語るかより、誰が何を託したか。そこに嘘はない。

伊藤万理華という俳優を、私はこの角度から語りたい。2017年に乃木坂46を卒業して以降、彼女を繰り返し主演に呼んできたのは、作家性の強い若手の作り手たちだった。松本壮史、酒井麻衣、上田誠。物語をどう作るかに鋭いこだわりを持つ書き手たちが、示し合わせたわけでもないのに、同じ俳優を選び続けている。

一人が選んだだけなら、それは縁だ。だが三人が、四人がとなれば、それはもう偶然ではない。この起用の連鎖こそが、「注目の若手」という言葉の中身を、何より客観的に裏づけている。

最初の主演で賞を掴んだ

連鎖の最初に置きたいのが、松本壮史だ。2021年の映画『サマーフィルムにのって』で、伊藤は映画部に所属する女子高生ハダシを演じた。時代劇を撮ることに取り憑かれ、自主映画に全力をぶつける主人公だ。作ることへの情熱がそのまま走り出すような役を、伊藤は熱量ごと引き受けた。

そしてここで、見過ごせない事実が起きる。この一本で、伊藤は第13回TAMA映画賞最優秀新進女優賞と、第31回日本映画批評家大賞新人女優賞(小森和子賞)を受賞したのだ。

考えてみてほしい。アイドルグループ出身の俳優が、映画賞の新人賞を、それも二つ同時に掴む。これは決して当たり前の光景ではない。歌って踊っていた人が役者に転じても、賞という形で評価が返ってくるとは限らない。

多くは出演歴を重ねることで実力を示していく。だが伊藤は、主演作でしっかりと外部の評価を手にした。伊藤万理華は、主演でその実力を賞という外部の物差しに刻んでみせた。 松本壮史の起用が正しかったことを、結果が即座に証明した格好だ。連鎖の一歩目から、賭けは当たっていた。

作る感性ごと選ばれる

二人目の作り手は、酒井麻衣である。2024年の映画『チャチャ』で、伊藤はデザイン事務所で働くイラストレーターのチャチャを演じた。共演は中川大志。創作に向き合う人物を、また任されている。これは偶然だろうか。私はそうは思わない。

伊藤万理華という俳優は、もともと作る側の感性を持っている。乃木坂在籍中から、彼女は個展三部作を世に出してきた。2017年の『脳内博覧会』、2020年の『HOMESICK』、2022年の『LIKE A』。三度の個展で、見られる側ではなく、表現を組み立てる側に立ってきたのだ。

演じる前から、表現を自分の手で組み立ててきた人だ。だとすれば、作家性の強い作り手が彼女を呼ぶのは、おそらく演技力だけが理由ではない。創作者の手つきを、知識ではなく体感として知っている。その手触りが、画面に滲む。

作る側の感性を内側に持つ俳優だからこそ、作ることに賭ける人々の物語を、内側から立ち上げられる。 酒井麻衣がイラストレーター役に伊藤を据えたのは、その感性を見抜いた選択だったと読みたい。

役と現実が重なる瞬間

ここで、直近の手足となる一本に触れておきたい。2026年放送のNHK総合 夜ドラ『ミッドナイトタクシー』で、伊藤は寿々木麗華を演じた。兵藤るりが脚本を手がけた作品で、役どころは劇中の人気若手俳優。主人公が運転するタクシーの常連客という位置だ。

この配役には、思わず膝を打ってしまう。劇中で人気若手俳優を演じる伊藤万理華は、現実でもまさに作り手から呼ばれ続ける注目の若手だ。役柄と本人のキャリアが、画面の上で静かに二重写しになる。作り手が伊藤に若手俳優の役を託したとき、その選択そのものが、彼女が今どこに立っているかを物語っていた。

フィクションの中の人気若手俳優を、現実の注目の若手が演じる。この入れ子の一本は、ここまでの連鎖を象徴する位置にある。

作る人を演じる到達点

そして連鎖は、最新作にたどり着く。2026年6月19日公開の映画『君は映画』。ヨーロッパ企画を主宰する上田誠の長編初監督作だ。伊藤は下北沢の劇作家マドカを演じ、井之脇海とW主演を務める。スクリーン越しに互いの物語が映り込む入れ子構造の作品で、彼女は物語を作る人そのものを生きる。

ここまで書いてきて、この役に震えてしまう。個展三部作を手がけ、作ることへの情熱を抱えた役を呼ばれるたびに引き受けてきた伊藤万理華が、劇作家を演じる。作る側の感性を持つ俳優が、作る人を演じる。これ以上の必然があるだろうか。起用の連鎖は、ここで一つの円を閉じる。

松本壮史、酒井麻衣、そして上田誠。作家性ある若手の作り手たちが、彼女を呼んできた。彼らの選択が一致するという事実が、伊藤万理華の輪郭を、本人の言葉以上に雄弁に描き出している。その連鎖の到達点に、劇作家マドカが立っている。呼ばれ続けてきた俳優が、物語を作る人を演じる。伊藤万理華の現在地は、起用の連鎖そのものが指し示している。 次は誰が、この人を呼ぶのか。その問いの先にこそ、伊藤万理華の未来がある。


※記事は執筆時点の情報です

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