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30年前、突然“日本を去った”「伝説のトップモデル」映画監督デビューした“ハリウッド俳優”の軌跡

  • 2026.6.8
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1992年、映画『落陽』完成記者会見に出席した加藤雅也(C)SANKEI

ファッション誌の表紙を飾った青年が、半世紀近くを経て、画面に映るだけで物語の格を引き上げる俳優になる。加藤雅也の歩みは、そういう稀有な変化の記録だ。

端正なルックスは、出発点に過ぎなかった。そこに長い時間と経験が重なり、いまの加藤には、若い頃にはなかった深い渋みが宿っている。見た目の良さで語られがちなキャリアだが、この人の本当の魅力は、年輪のほうにある。

ファッションから芝居へ、そして海を越え、いまは作る側へ。一つの場所にとどまらない人の、長い旅の話である。

モデルとしての出発点

加藤のキャリアは、ファッションの世界から始まっている。1980年代、男性ファッション誌『メンズノンノ』の創刊号から専属モデルを務めた。183センチの長身と端正な顔立ちで人気を集め、パリ・コレクションのランウェイも歩いている。当時の日本では、まだ珍しい本格派のファッションモデルだった。

服を着こなし、カメラの前で立ち姿だけで世界観を伝える。その訓練は、立ち居振る舞いや佇まいに深く刻まれる。後年、加藤がどんな役を演じても漂う品の良さは、このモデル時代に培われたものだ。

見られることを知り尽くした人の、揺るぎない存在感がそこにある。装いと身のこなしで語れるのは、長い時間をかけて手にした財産である。ただ顔立ちが整っているのではない。どう見せれば最も美しいかを、体で知っている。その意識の高さが、佇まいの格を決めていた。

俳優への転身、驚きの渡米

モデルとして頂点に立った加藤は、俳優へと活動の場を移していく。1988年の映画『マリリンに逢いたい』で主演を務める。この作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受け、一気に注目を集めた。さらに1995年、人気の絶頂にあったこの人は、単身でアメリカへ渡るという大胆な決断をする。ハリウッドを拠点に、約7年。言葉も文化も違う土地で、海外の名優たちと渡り合った。

2001年には、北野武監督の映画『BROTHER』では、白瀬という日本人やくざ組織のボスを演じている。端正なだけではない、底光りする凄みがそこにあった。安住を選ばず、自ら厳しい場所へ飛び込んでいく。その姿勢が、俳優・加藤雅也に独特の深みを与えていった。守りに入らず、自ら未知へ踏み込む。その繰り返しが、顔が整っているだけの俳優にとどまらせることを許さなかった。

シリーズの顔、そして作る側へ

経験を重ねた加藤は、作品を支える顔として欠かせない存在になる。人気ドラマ『アンフェア』では、三上薫を演じた。劇場版を含むシリーズの全作に出演する、当たり役である。物語に重みと緊張感を与える、確かな存在感だ。

そして近年、加藤は新たな一歩を踏み出した。2025年の短編映画『VERONICA』では、自ら初めて監督を務め、主演も兼ねている。謎めいた女性との幻想的な邂逅を描いたこの作品は、第3回横浜国際映画祭にも正式に招かれた。

演じる側から、物語を作る側へ。表現そのものを究めようとするこの挑戦に、加藤の尽きない好奇心が表れている。年齢を重ねてなお、止まらない。見られる対象だった人が、自ら見せ方を設計する側へ回る。その変化は、表現の奥行きをさらに押し広げた。

端正と渋みの頂き

2026年7月17日公開の映画『キングダム 魂の決戦』で、加藤はシリーズ通して演じたきた肆氏(しし)を再び演じる。派手な戦場の主役ではない。だが、国の中枢で静かに政を担う文官には、年輪を重ねた俳優ならではの落ち着きと説得力が要る。

端正なモデルとして出発し、渡米で揉まれ、作る側にも踏み出してきた加藤雅也。その積み重ねが、いまこの渋い大役に結実している。見た目の美しさは、長い時間をかけて、奥行きのある渋みへと育っていった。出発点の華やかさを超えて、加藤はいま、いちばん豊かな表情を見せている。


※記事は執筆時点の情報です

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