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39年前、映画賞を総なめした「変態紳士」“親の七光り”を実力でねじ伏せた“唯一無二の怪優”とは

  • 2026.6.8
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髙嶋政宏-1999年2月撮影(C)SANKEI

重厚な役を演じて場を引き締めたかと思えば、思いがけずチャーミングな一面で笑わせる。髙嶋政宏は、観る人をまったく飽きさせない俳優だ。

シリアスもコミカルも、どちらも自在にこなす。その振り幅の大きさが、芸歴を重ねるほどに、いっそう深い味わいになっている。一筋縄ではいかない多彩さ。それが髙嶋政宏の魅力である。どんな役で出てきても、つい目で追ってしまう。次は何を見せてくれるのか。観る側のそんな期待を、髙嶋はいつも軽やかに超えていく。

単なる二世ではない新人

髙嶋のキャリアは、注目を集める出発点から始まった。名優・髙嶋忠夫を父に持つ二世として、1987年に映画『トットチャンネル』でデビュー。この年、第11回日本アカデミー賞新人俳優賞、第30回ブルーリボン賞新人賞、第61回キネマ旬報新人男優賞など、いくつもの新人賞を席巻した。恵まれた血筋というだけでは、こうはいかない。出発点からすでに、芝居そのもので評価を得ていた。

その後、NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』(1987年)や連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』(1988年)など、話題の作品で着実に知名度を広げていく。二世という看板を、自分の実力で塗り替えていった。

親の七光りという言葉は、髙嶋にはあまり似合わない。受け継いだのは知名度ではなく、芝居に本気で向き合う姿勢だったのだろう。だからこそ、二世という出発点は、足かせではなく追い風になった。看板の大きさに見合うだけの中身を、髙嶋は早くから備えていた。

スケールで主役を張る

183センチの長身と堂々たる体躯は、大きな主役によく似合った。1993年の映画『ゴジラvsメカゴジラ』では、Gフォース隊員・青木一馬を主演で演じた。翌1994年の『ヤマトタケル』では、オウス/ヤマトタケルを主演で担い、特撮スペクタクルの中心に立っている。さらに2001年からは、テレビ東京のサスペンスシリーズ『北アルプス山岳救助隊・紫門一鬼』で主演を務め、長く愛される当たり役にした。

特撮の英雄から、シリーズの顔まで。スケールの大きな主役を任され、それに応えてきた。画面に立つだけで物語に重みが出る。その存在感は、髙嶋の確かな財産だ。長身を持て余すどころか、堂々と物語の中心に据えてみせる。大きな役を任されたときの安定感は、ずっと第一線で主役を張ってきた人ならではのものだ。

もう一つの顔「変態紳士」

重厚な役者の顔の裏に、髙嶋にはもう一つのチャーミングな顔がある。著書『変態紳士』(2018年)に表れているのは、好きなものをとことん究めずにいられない、こだわりの人としての姿だ。音楽はプログレを愛し、各地の駅弁を追いかけ、興味を持ったものは妥協なく掘り下げる。その徹底ぶりは、もはや一つの求道精神と言っていい。

シリアスな大役で見せる重厚さと、趣味に夢中になる無邪気さ。このギャップが、髙嶋政宏という人を一段と魅力的にしている。バラエティ番組などで見せる飾らない一面は、堅物には決して出せない愛嬌だ。

本気で芝居をする人ほど、本気で遊ぶ。その両方を惜しまないところに、この人の豊かさがある。重厚な役で見せる説得力も、趣味に注ぐ情熱も、根は同じだ。心を傾けたものには、とことん本気で向き合う。その一貫した姿勢が、シリアスとコミカルの両方に深みを与えている。好きを究める人は、役を究める人でもある。髙嶋の多彩さは、その地続きの情熱から生まれているのだ。

シリアスとコミカルの現在地

2026年7月17日公開の映画『キングダム 魂の決戦』で、髙嶋はこれまで同様に昌文君を演じる。秦国を支える重鎮だ。昌文君は、王を陰で支える思慮深い人物である。シリアスな重厚さが求められる役だ。重い役を任されれば堂々と応え、ふだんはチャーミングに笑わせる。

シリアスとコミカルを往復してきた芸歴の厚みが、この重鎮役に深い説得力を与えるだろう。多彩さを武器に第一線を走り続けてきた髙嶋政宏の現在地が、まさにここにある。


※記事は執筆時点の情報です

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