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かつて世間の視線を奪った「国宝級イケメン」一時休養から復活→“若き天才武将”を掴み取った現在地

  • 2026.6.6
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2022年5月、映画『恋は光』完成披露試写会に出席した神尾楓珠(C)SANKEI

神尾楓珠は、まず顔で見つかった俳優だ。「国宝級イケメン」と呼ばれ、その端正な佇まいと強い眼差しが、画面のたびに話題をさらった。

美しさは、ときに俳優の足かせになる。顔ばかりが語られ、芝居が後回しにされることがあるからだ。整いすぎた容姿は、それだけで色物にされかねない。だが神尾は、そこに留まらなかった。見た目で注目された人が、芝居の評価でそれを一つずつ裏打ちしていく。

ルックスと実力を、両立させてきた。その地道な歩みにこそ、神尾楓珠の面白さがある。

目力で、見つかる

神尾が世間に大きく知られるきっかけとなったといえば、2019年のドラマ『3年A組 今から皆さんは、人質です』だろう。

演じたのは、水泳部のマネージャー・真壁翔。出番は決して多いとは言えない。それでも強い目力と整った顔立ちが画面で際立ち、放送のたびにその名がささやかれた。物語の中心ではなく、脇から視線を奪っていったのだ。

まずビジュアルで発見された俳優である。多くの人にとって、神尾楓珠は「あの目の綺麗な子」として記憶に刻まれた。芝居の前に、まず顔がある。それは強みであると同時に、これから越えていくべき入口でもあった。顔が先に知られた俳優は、その後もずっと顔で測られ続ける。神尾の歩みは、その視線を芝居で少しずつ更新していく道のりだった。すべては、ここから始まっている。

評価が、公になる

顔だけの人ではないと示した作品のひとつが、2022年の映画『恋は光』だった。神尾はこの作品で西条という青年を演じた。そして第44回ヨコハマ映画祭で、最優秀新人賞を受ける。しかも、メインキャスト四人が同時に同賞を受けるという、映画祭の歴史でも異例の出来事のなかでの受賞だった。一人が突出したのではなく、作品ごと評価された座組の中で、神尾もまた実力で名を連ねた。

話題先行の美形ではなく、芝居でも評価される俳優として、その名が公の場に刻まれていく。注目という入口から入った人が、賞という形で実力を証明してみせる。顔で見つかったことは、もはや出発点に過ぎなくなった。語られ方が静かに変わっていく。

立ち止まっても、また歩き出す

順調に見えた歩みだが、2022年の暮れ、神尾は心身の不調から一時休養に入っている。働きづめの果てだった。それでも翌2023年には現場へ戻り、ふたたび役を重ねはじめる。止まったことを隠さず、また歩き出す。華やかな見た目の奥に、こうした粘り強さがあることも、この俳優を語るうえで見落とせない。

復帰後の神尾は、華のある俳優が芝居で信頼を積む道を、着実に歩いている。2023年のドラマ『いちばんすきな花』では、佐藤紅葉という青年を演じた。多部未華子、松下洸平、今田美桜とともに、四人が主演を分け合う群像劇である。誰か一人が物語をさらうのではなく、互いの機微を丁寧に編んでいく作品だ。

そこで神尾は、出しゃばらずに人物の感情を運ぶ芝居を見せた。目立つ顔を持ちながら、必要なときには一歩引く。場の呼吸を乱さず、相手を生かす。整った容姿は、ともすれば画面で浮いてしまう。だが神尾は、その華を抑えどころとともに使う。出るときと引くときを、心得ているのだ。その加減こそが、共演者やつくり手からの信頼につながっている。

美しさと実力の、到達点へ

2026年7月17日公開の映画『キングダム 魂の決戦』で、神尾は王賁(おうほん)を演じる。名門の宗家に生まれ、冷静沈着でありながら、槍術に秀でた強い闘志を内に秘める努力家だ。

整った顔立ちと、内に燃える芯。まさに、美しさと実力の両方を同時に求められる役である。顔で見つかった人が、賞で評価を重ね、休養を経てなお走り続け、群像劇で信頼を積み、いま華と実力の両立を体現する役に立っている。

入口で持っていた美しさは、もう足かせではない。実力という裏打ちを得て、ようやく本来の強さになった。美しいという言葉が、この人にとってようやく素直な褒め言葉として機能しはじめている。

神尾楓珠は、美形という入口を、確かな実力で抜けてみせた俳優だ。その先にどんな顔を見せるのか、これからがいよいよ面白い。


※記事は執筆時点の情報です

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