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単なる「イケメン俳優」と思うな。“ゲイの青年”からトランスジェンダーの女性役まで…「規格外の憑依俳優」

  • 2026.6.5
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2014年8月、『志尊淳ファースト写真集』発売記念イベントでの志尊淳(C)SANKEI

志尊淳の歩みを並べてみると、まっすぐな一本道には見えない。性別も、ジャンルも、言語までも、この人は軽々と越えていく。

ふつう、俳優には「得意な役どころ」がある。二枚目、悪役、三枚目。一つの型で愛され、その型を深めていくのが一般的な道だ。だが志尊は、一つの型に収まろうとしない。むしろ越えること自体が、志尊淳という俳優の輪郭になっている。

どこにも留まらず、まだ見ぬ場所へ。垣根を越えていく俳優。その軌跡をたどってみたい。

越境の出発点

志尊のキャリアは、舞台から始まっている。

2011年、ミュージカル『テニスの王子様』2ndシーズンの向日岳人役で俳優デビュー。その後2014年、『烈車戦隊トッキュウジャー』のライト/トッキュウ1号でテレビドラマ初主演を務めた。子どもたちが憧れる、まっすぐなヒーローである。

舞台の上の少年から、ブラウン管のヒーローへ。出発点からすでに、決まった場所に留まらない人だった。戦隊で人気を得たが、志尊は得た足場をすぐに離れ、次の場所へ移っていく。この身軽さが、後の越境の助走になっていく。守るべき型を持たないことは、弱さではない。どこへでも行ける自由なのだ。

肉体も心も越える

志尊が大きく跳んだのが、性別の垣根だった。2018年のNHK朝ドラ『半分、青い。』では、ゲイの青年・藤堂誠を演じた。さらに同年の『女子的生活』(NHK)では、トランスジェンダーの女性・小川みきを主演で演じている。装いだけを整えた役ではない。揺れも、誇りも、痛みも含めて、一人の人間を内側から立ち上げた。

この仕事で、第73回文化庁芸術祭賞の放送個人賞などを受けている。見た目を女性に寄せることが目的なのではない。その人がどう世界を見て、どう傷つき、どう胸を張るのか。志尊は、外側ではなく内面の垣根まで越えてみせた。

ただの話題として消費されがちな役を、生身の一人の人間として残す。型を演じてみせるのではなく、その人の生をまるごと引き受ける。だから演技が、ただの役作りに終わらない。観た者の胸に、その人が住み着く。

ジャンルをも越えていく

越境は、作品の種類にも及ぶ。2023年のNetflix『幽☆遊☆白書』では、原作でも人気の蔵馬を実写で引き受けた。線で描かれた美しいキャラクターに、生身の体温と説得力を与える仕事だ。原作ファンの目が厳しい役を、二次元の記号で終わらせず、一人の人間として立ち上げた。同じ年の『フェルマーの料理』では、料理界の若きカリスマ・朝倉海を演じている。

そして2025年のNetflix『グラスハート』では、孤高のキーボーディスト・坂本一至を担う。楽器の演奏のために、一年以上を費やしたという。畑のまるで違う世界へ、その都度ゼロから入り直す。演じる真似ではなく、その分野の住人になるところまでやる。だからどのジャンルでも、借り物に見えない。役に必要なら、どこまでも越える。志尊の越境は、いつも本気である。

越えてきた人が、たどり着く場所

2026年、志尊はさらに遠くへ跳ぶ。映画『キングダム 魂の決戦』で演じるのは、頭脳明晰な知将・蒙恬(もうてん)だ。古代中国の武将は、時代も国も飛び越える最も遠い役のひとつだろう。だが、性別を越え、ジャンルを越えてきた志尊にとって、遠い世界へ入り込むことはもう特別ではない。越境を重ねた俳優だからこそ、どんな世界の住人にもなれる。蒙恬という役は、その積み重ねの先に置かれている。

そしてもう一本、日本テレビの日曜ドラマ『10回切って倒れない木はない』。韓国財閥の養子・キム・ミンソクを主演で演じ、韓国語の芝居に初めて挑んだ。タイトルは「何度も挑めば、倒せない木はない」という韓国のことわざに由来する。粘り強く続ければ、いつか必ず手が届く。それは、性別もジャンルも言語も、ひとつずつ越えてきた志尊淳の歩みそのものだ。役を包むタイトルが、そのまま俳優の生き方に重なっている。

垣根の向こうに何があるのか、この人はいつも自分の身体で確かめに行く。慣れた場所にとどまれば、きっと楽だろう。それでも越えることをやめない。だから次にどこを越えるのか、まるで読めない。読めないからこそ、目が離せないのだ。


※記事は執筆時点の情報です

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