1. トップ
  2. エピソード
  3. 息子の問いに、迷いながら答えた私→作品展で届いた声

息子の問いに、迷いながら答えた私→作品展で届いた声

  • 2026.5.26
ハウコレ

息子は3年生のある日から学校に行けなくなり、それから2年、私たち親子は私たちなりのリズムで毎日を過ごしてきました。あるとき、同じ地域のママ友のグループで、私のことが噂されていたと聞かされたのです。

伝えられた一言

5月のことでした。普段から仲良くしてくれているママ友が、申し訳なさそうに切り出しました。「気になったから、伝えておくね」と。

お茶会で、誰かが私のことを「不登校の子をずっと家にいさせるのって、甘やかしすぎじゃない?」と言っていたのだそうです。

続けて「うちならとっくに、無理にでも学校に連れて行くわ」と。私は、ただただ聞く事しかできませんでした。

怒りよりも先に、自分の中で「やっぱり、そう見えるんだ」という諦めに似た感情が広がりました。

家に帰ってからも、息子の前ではいつも通りに振る舞いました。あの子に、私の弱さを背負わせたくなかったからです。

色鉛筆と画用紙の毎日

息子は家で絵を描いていました。最初は落書きのようだったものが、いつの間にか机に向かう時間が長くなり、画用紙が積み重なっていました。

その間も私は、何度も「学校に行こう」と言いたくなりました。それが世間の正しさだと知っていたからです。それでも息子が紙に向かう横顔を見るたび、私は言葉を飲み込みました。

ある日、息子はこちらを見ずに聞きました。「ママは、なんで学校に行けって言わないの?」私は迷ってから、こう答えました。「あなたが今、ここで描いているものが、あなたの言葉だから」本当にそう信じていたのか、信じたかっただけなのか、自分でも分かりませんでした。

作品展に出してみたい

10月、地域の文化祭が近づいた頃、息子のほうから言ったのです。「絵、出してみたい」と。私は驚きました。

学校との橋渡しは担任の先生がしてくれて、息子の作品を作品展に並べてもらえることになりました。

当日、会場の奥に息子の絵が並んでいました。私は少し離れた場所から見守ることにしました。何人かの大人が絵の前で足を止めていて、その中に、春に私のことを話したというお母さんがいたのです。

そして…

ふと、その人がこちらに気づいて振り返りました。一瞬の間のあと、彼女はまっすぐに近づいてきて、頭を下げました。「ごめんなさい。私、何も知らずに勝手なことを」声は震えていました。

私は、自分の口から出た言葉に自分でも少し驚きました。「いいんです。私も、最初は同じことを自分に言っていましたから」本心でした。学校に行けないことを甘やかしだと、私もずっと自分を責めていたのです。

帰り道、息子に「絵を見て足が止まっていた人がいたよ」と伝えると、息子は照れたように画用紙の角を折っていました。信じ続けてよかった、と思えたのは、あのときが初めてでした。

(40代女性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる