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金色の砂の海に満点の星空。「死ぬまでに行きたかった」【モロッコ】サハラ砂漠へ|旅女子連載

  • 2026.5.15

訪れた国は約40カ国。サウナと旅をこよなく愛するタレント・モデル・俳優の清水みさとさんの連載エッセイ。今回は【モロッコ】、みさとさんが「死ぬまでに行きたかった」サハラ砂漠でのお話。

【連載】清水みさと「旅をせずにはいられない」vol.8 砂漠のワンピース

本当に来てしまった。
 
果てしなく続く砂漠は、波打ちぎわみたいにウェーブがかった細い筋が無数にあって、砂丘が波打つ海に見えた。

砂漠ほど静止画みたいな景色はないと思っていたのに、光の当たりかたひとつで、砂はオレンジにも金色にもベージュにも変化した。
 
死ぬまでに行ってみたいと思っていたサハラ砂漠。子どものころ、教科書やテレビの中で見ていたサハラ砂漠は、現実の場所というより世界の果てで、そこへ行けるのは随分大人になってからだと思っていた。
 
そしていま、子どものころの「いつか」の向こう側にあった景色の中にちゃんと自分が立っていて、ああ、わたしも大人になったんだなあと思った。大人の基準は人それぞれだけど、わたしにとって「行きたい」をちゃんと叶えに行けることも、大人のうちの一つなのかもしれない。

目的地は、サハラ砂漠のあるモロッコだった。せっかく北アフリカに行くならと、その前にチュニジアにサクッと寄り道してから、世界遺産にも登録されている、モロッコの世界最大級の迷宮都市があるフェズへ行き、サハラ砂漠のツアーに参加した。
 
ガイド兼ドライバーの名前は、ハッピー。もちろん本名じゃなくて、自分で「ハッピー」というあだ名に決めたらしい。名前を呼ぶたびに「ハッピー」と口にするのがいいなと思った。脳は多分、ハッピーと幸せの区別なんてしないだろうから、名前を呼べば呼ぶほど言霊みたいにハッピーが増していく感じがした。
 
果てしない道中、ちょうど土色の周辺に全然馴染んでいないエメラルドグリーンの湖が現れた。これまでも絶景ポイントでは車を停めてくれていたから、当然ここでも停まると思っていたのに、ハッピーはさらっと通り過ぎようとして、思わず「停めて! きれい!」と端的な言葉で叫んだ。

車から降りて反対車線にわたり、砂利の丘を登って、わたしは何枚も写真を撮った。ハッピーは相変わらず「ここ?」っていう顔をしていたので、「観光客的には絶景スポットだよ!」と伝えると、笑いながら「毎日見てるから」と言った。
 
ここでひとつ白状したいことがある。実は前日から、喉の痛みと悪寒がして、わたしは完全に風邪をひいていた。生粋の健康優良児で、風邪の記憶もままならないほどなのに、よりにもよって今だなんてタイミングが悪すぎるし、最大級の目的地であるサハラ砂漠に近づくことに比例するようにわたしの体調も悪化していった。

出発から車で8時間。サンセットの時間に合わせて、サハラ砂漠の入り口に到着した。気温は26℃もあるのに、わたしはひとり、ガタガタ震えが止まらなくて、急いでトイレに駆け込み、ヒートテックと極暖ヒートテックのダブル装備に切り替えた。
 
「ハッピー! ハッピー、行ってきます!」
バッドな空気を一つ残らず蹴散らすように、無駄にハッピーの名前を連呼して、脳内を無理矢理ハッピー詐欺して、いつか、いつかと夢に見ていたサハラ砂漠に、ラクダに乗って突入した。
 
ラクダの背中は思っていたよりずっと高い。立ち上がる瞬間だけ、身体が前に投げ出されそうになるので、毎回「うわっ」と声が出るけれど、歩き出すと意外なほどに安定する。けれど、わたしを乗せているラクダは、前を歩く仲間のラクダにしきりにちょっかいを出すわんぱく坊主で、そのたびに列が乱れて、わたしの身体もグラグラ揺れた。

この日は、砂漠の中にあるキャンプサイトに泊まることになっていた。キャンプと言っても、ベッドも蛇口もあって、ちゃんと文明的で快適で、ディナーはベルベル人が作ってくれた。
 
体調はボロボロだけど、食欲だけはいつも通りちゃんとある。鶏肉や茄子のタジン鍋、ベルベル人特製の温かいビシソワーズ(冷たくないけど、ビシソワーズって言われた)なんかのおいしい料理が続いた。
 
わたしの隣には、スペインからやってきた、まさに『セックス・アンド・ザ・シティ』的女子旅御一行様がキャミソールのワンピースをさらっと着こなし、砂漠の夜を楽しんでいる。

スペイン語で、"おめでとう"と書かれたケーキ。誰かが誕生日だったのかな?

一方わたしは、ヒートテック×極暖ヒートテックにトレーナー、ウルトラライトダウンにアウター、首にはヒジャブを巻く完全防寒スタイルで(室内)、着膨れした雪だるまみたいになっていた。
 
食べ終わって外に出ると、キャンプ場以外ほとんど灯りがなくて、見上げると満天の星が輝いていた。暗さに目が馴染むにつれて、さらに無数の星が見えてきて、しかもさらっと流れていく(流れ星!)。

なんだか、星空を見上げているというより、宇宙の中にいる、みたいな実感と感動で、結局「わあ」という二文字しか出てこなかった。

翌朝、日の出を見ようと思っていたのに、起きたら太陽がもう出ていた。昨夜あれだけ念入りに、ベルベル人に日の出の時間を確認したのにこのざまで、だけど、ベルベル人の適当さすら、「大らか」と変換できるくらいには、わたしの心は広くなっていた。

朝の砂漠は、圧倒的な静寂で、世界に自分しかいなくなってしまったみたいだった。オレンジ色の砂漠と真っ青な空。こんな強烈な配色のコントラストを自然は平然とやってのける。もしかしたら、わたしたちが「自然っぽい」と思って作っているもののほうが、よっぽど不自然なのかもしれないと思った。
 
昨日の星空やこの果てしない砂漠を見ていたら、世界は本当に広くて、わたしはちっぽけで、抱えていた悩みや考えごとなんて、申し訳ないくらい大げさに思えた。
 
と、格好つけて壮大なことを言いながら、せっかくサハラ砂漠まできたのだからと、かわいい思い出をあきらめきれず、寒気マックスなのに、用意していた薄手のワンピースを無理して着た。

結局わたしは、小さな欲望すら手放せない。でも写真を見返すたびに、寒さに震えながらもワンピースを着たおかげで、ちゃんとかわいい思い出が残っていて、あの日の自分を最大級に褒めている。多分わたしは、そうやって、自分の人生のことをちゃんと好きでいたいんだと思う。

だからやっぱり、行きたい場所も、やりたいことも、できればすぐにやったほうがいい。「いつか」は、思っているよりずっと幻想で、季節が変わり、予定が入って、心変わりして、働いて、人生はびっくりするくらい普通に流れていく。
 
子どものころのわたしにとって、「死ぬまでに行きたい場所」って、もっと遠くて特別で、人生の最後のほうに行く場所なんだと思っていた。でも本当は、行きたい、と思った瞬間に行くからこそ、その景色は人生に間に合うのかもしれない。
 
そしてわたしは欲張りだから、まだまだ行きたいこともやりたいことも山ほどある。せっかく地球に生まれたのだから、誰がなんと言おうとこの美しい星を味わい尽くして生きていくんだ。

photograph & text:MISATO SHIMIZU

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