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【加藤登紀子さん82歳】人生で誰にでも起きる「まさか」。でも、おときさんが引き寄せる出来事は桁違い

  • 2026.5.14

【加藤登紀子さん82歳】人生で誰にでも起きる「まさか」。でも、おときさんが引き寄せる出来事は桁違い

エッセイの名手としても知られ、数々の著作を持つシンガーソングライターの加藤登紀子さん。この3月31日に最新刊『「ま・さ・か」の学校 ピンチはチャンス』(時事通信社)を上梓しました。2024年に刊行した『「さ・か・さ」の学校 マイナスをプラスに変える20のヒント』に続く第2弾の本書、加藤さんの人生に起こった、思わず「まさか!」と言いたくなるようなさまざまな出来事が語られています。「まさか」なエピソードの数々は、加藤さんの人生をどう変えてきたのか。話を聞きました。

Profile

加藤登紀子さん 歌手

かとう・ときこ⚫1943年満州国ハルビン生まれ、京都府育ち。65年東京大学在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。69年「ひとり寝の子守歌」、71年「知床旅情」ではミリオンセラーとなりレコード大賞歌唱賞受賞。以後90枚以上のアルバムと多くのヒット曲を世に送り出す。88年、90年、米ニューヨークのカーネギーホール公演をはじめ、世界各地でコンサートを行う。恒例「ほろ酔いコンサート」は50年以上続いている。映画『居酒屋兆治』『紅の豚』では女優、声優として演技も披露。獄中結婚をした学生運動のリーダー藤本敏夫(2002年死去)との間に3人の娘がおり、孫は7人。

「場外を走ってきた馬」だからこそ出合った出来事

誰の人生にも予想外の出来事は起こる。いい意味でも、あるいは、あまり喜ばしくはないけれども悪い意味でも、そうした想定外のことは起こるものだ。加藤登紀子さんがこの3月に刊行した著書『「ま・さ・か」の学校 ピンチはチャンス』には、これまでに加藤さんが体験した、そうした数々の「まさか」な出来事が「これでもか」とばかりに綴られている。

奇跡のような歌や人との出会いの物語もあれば、それほど多くの人が体験することではないだろうピンチなども綴られていて、加藤さんの波乱万丈の半生が浮かび上がってくる。印象的なのは、それらがどのようなピンチであっても、そのときに加藤さんが慌てたり嘆いたり落ち込んだり、はたまた立ち止まったりはしていないことだ。どれもポジティブに受け止めすべてを楽しんで、文字通り自身のチャンスに変えているところに感動し、圧倒もされる一冊なのだ。

「私を競走馬に例えれば、初めから馬主にお金で買われたこともなく、調教師も騎手もいないまま、中央競馬会のレースに顔をならべることもなく、フェンスの場外をひたすら好きなように走って来た馬なのかもしれない」と加藤さんは「プロローグ」で述べている。そして「この『ま・さ・かの学校』でご紹介するエピソードは、そんな場外の馬の私だからこその出来事と言えるかもしれない」とも。

加藤さんほどの人物になればこそなのか、引き寄せる出来事のスケールの大きさにも驚かされる。そしてさらに驚くのは、一つひとつのエピソードについて、その場の状況や人の会話など仔細がきちんと書き込まれていることだ。遠い日の出来事でもまるで昨日のことのように、鮮やかに記憶しているところに感嘆する。

「手帳はあるんですよ。でもそれはスケジュールを記録しておくためのものなので、日記はつけていないんです。ただそれを見ると、何月何日にこれとこれがあって、どっちが先だったかとか、そういうことは残してあるので、それをもとに記憶をひもとくという感じでしょうか。まあ、何度か誰かに語っていることもありますし、忘れないように、割合しつこく記憶していくようなところがあるのかもしれないですね」

ハイジャック下での冷静な推理

その記憶力が印象的に発揮されている「まさか」のエピソードひとつが、1995年6月21日、コンサートのため羽田から函館に向かうANA857便で遭遇したハイジャック体験だろう。当時大きなニュースにもなったので、記憶している人も多いに違いない。

加藤さんは、バンドメンバー、マネージャー、母の淑子さんなど10人余の一行とともに乗り合わせ、犯人の指示によりガムテープで目と口を塞がれながら、16時間にわたって拘束された。

しかし、加藤さんの席に来るまでの間にガムテープが大分減ってしまったことが幸いし、ぐるぐる巻きにはならずに簡単に貼るだけになったことで、時折それがはがれる隙間から周囲を少し観察することができたのだ。1回だけトイレに行くことが許されたときも、客室乗務員から「うつむいて絶対に犯人と目を合わせない」ことを厳重に言い含められたが、うつむきながらも加藤さんは仔細に犯人を観察したのだった。

「うつむいていると、はがれかかったガムテープの隙間から、白いつなぎにおろしたてのスニーカーをはいた犯人の足が見えたんです。あの白いスニーカーは胸に焼きついていますよ。二度と忘れない。それが心に残った理由は、直前に高村薫さんの『照柿(てりがき)』という小説を読んでいたからなんです。その小説の主人公である合田雄一郎という刑事が、常に真っ白なスニーカーをはいていたのね。確か自分でスニーカーを洗う場面もあったのだと思うのだけど、それを私は読んだばかりでよく覚えていたんです」

最初、そのスニーカーに白いつなぎをはいていた犯人だったが、加藤さんが次に見たときは靴はそのままだったが、ブルージーンズをはいていた。加藤さんはそれを見て、犯人は複数犯を装う単独犯だと確信したという。

席に戻った加藤さんは、状況をあれこれ推測していたギタリストの告井延隆さんに、それを告げた。そして、告井さんは、まだ携帯電話が一般的でなかった当時、加藤さんのマネージャーが持っていた「自動車電話」を新聞紙に隠してトイレに持ち込み、そこから警察に通報して、機内の様子と犯人が単独犯であることを伝えた。

そして事件発生から16時間後の明け方4時前に、北海道警察とSATが突入して犯人は確保されたのだ。こんな状況下でも、冷静に対処する加藤さんの咄嗟の判断力、対応力には舌を巻く。

「この本にも『さ・か・さ』のほうにも、タイトルに『学校』とつけたのは、さまざまな『まさか』の経験で私は学んだわ、ということなんです。生きにくさを感じたり、先が見えなくて悩んだりしたとき、砂時計をさかさにしたら勢いよく砂が落ちるように、一旦常識をひっくり返してみると道が拓けてくることもあるということを学んだし、『まさか!』『嘘でしょう⁉』と思うような出来事に出合っても、そこからさまざまなことを学ぶことができた。振り返れば、どれもが得難い経験ばかり。巡り合ったすべての出来事、すべての人に感謝したい気持ちですね」

本には、ほかにも名曲「知床旅情」と亡き夫・藤本敏夫さんとの運命的な巡り合わせのエピソードや、尾崎豊さん、オノ・ヨーコさん、河島英五さん、高倉健さんなどとの「まさか」の出会いについても述べられていて、「巡り合ったものとは、とことん出会う」をモットーにしてきた加藤さんならではの足跡が窺える。

昨年、生まれ故郷のハルビンでコンサートを行ったとき、市街を流れるスンガリという川のほとりに立って、その流れを見ていたという加藤さん。川の流れを見つめているのが好きなのだという。本のエピローグにはこう綴る。「何が起こっても水は先へ流れていく。生きていて経験できるたいていのことは、みんな何とかなっていくのよ。『先が見えない時代』とか『未来は不透明』だとか、そんなことが言われるけど、いつだってこれから起こることはわからないもの。だから生きることが面白い」

【Information】

『「ま・さ・か」の学校 ピンチはチャンス』

「知床旅情」をはじめとするさまざまなヒット曲の裏にある運命的な物語や、これまで巡り会ってきた人たちとの貴重な思い出、そして思いがけず体験することになったハイジャックなどなど、これでもかの「まさか!」な出来事に満ちた加藤登紀子さんの半生を振り返った一冊。どんな「まさか」も笑って楽しんで明日への糧に変えていくその姿は、前作『「さ・か・さ」の学校 マイナスをプラスに変える20のヒント』と併せて、私たち読者に大きな力を与えてくれる。

「TOKIKO KATO CONCERT2026 明日への讃歌 ジーナの生きた100年」

スタジオジブリの映画『紅の豚』でジーナを演じた加藤登紀子さん。劇中でジーナが歌う「さくらんぼの実る頃」は、1871年、パリで起こった市民革命の中から生まれた歌だ。『紅の豚』の舞台は1929年から30年頃の、また次に戦争が始まろうとしていた時期。ジーナより50年後に生まれた加藤さんが、今、その後を生きたジーナの歳月を自身の大切な歌で綴る。

6月20日(土)東京国際フォーラムホールC 開場 14:45 開演 15:30 SOLD OUT
7月11日(土)千葉県文化会館 開場 14:45 開演 15:30
全席指定8000円 (問)トキコ・プランニング 03-3352-3875

取材・文/志賀佳織 撮影/中村彰男

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