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サハラ砂漠に眠る「巨大な集団墓地」を一挙に260基も発見

  • 2026.5.13
衛星画像で発見された集団墓地/ Credit: Google Earth, Macquarie University(2026)

サハラ砂漠と聞くと、どこまでも続く砂の大地を思い浮かべる人が多いでしょう。

しかし、その乾いた地表の下には、かつてそこに暮らした人々の記憶が、静かに眠っていました。

豪マッコーリー大学(Macquarie University)らの研究チームは、スーダン東部のアトバイ砂漠(広大なサハラ砂漠の一領域)を衛星画像で調査。

その結果、ナイル川東方の約1000キロメートルにわたる砂漠地帯で、これまで知られていなかった約260基の「集団墓地」が発見されました。

これらは紀元前4000〜3000年頃に築かれたとみられ、人間だけでなく、ウシ、ヒツジ、ヤギなどの家畜も一緒に埋葬されていました。

研究成果は2026年4月27日付で学術誌『African Archaeological Review』に掲載されています。

目次

  • 砂漠に点在していた直径80メートル級の円形墓
  • なぜ人間と家畜は一緒に葬られたのか?

砂漠に点在していた直径80メートル級の円形墓

今回の発見は、つるはしで砂を掘り返すところから始まったわけではありません。

研究チームは、スーダン東部の広大な砂漠地帯を対象に、長年にわたって衛星画像を使ったリモートセンシング調査を進めてきました。

調査対象となったアトバイ砂漠は、ナイル川と紅海のあいだに広がる地域で、現在では乾燥した荒野が広がっています。

研究者たちは、Google Earthなどの衛星画像を用いて、地表に残る円形構造や石積みの痕跡を一つずつ確認。

その結果、アトバイ砂漠の広範囲に、巨大な円形の埋葬施設が数多く点在することが分かったのです。

【衛星で発見された実際の画像がこちら

特徴は、大きな円形または楕円形の囲い壁を持ち、その内部に人間や動物が埋葬されている点です。

中には直径80メートルに達するものもあり、単なる小さな墓穴ではなく、明らかに共同体が労力をかけて築いた記念碑的な構造物でした。

すでにエジプトやスーダンの砂漠では、こうした円形墓の発掘例がわずかに知られていました。

しかし今回、260基もの未知の集団墓地が確認されたことで、それらは孤立した奇妙な遺跡ではなく、広大な砂漠に広がっていた共通の埋葬文化だった可能性が高まりました。

発掘された少数の例からは、炭素年代測定や土器の情報が得られています。

それによると、この墓を築いた人々は、おおよそ紀元前4000〜3000年頃に生きていました。

これは、エジプトでファラオの王国が形づくられる少し前の時代にあたります。

ただし、彼らは都市に暮らし、農耕を営んでいたエジプト人とは異なります。

砂漠に暮らし、家畜の群れとともに移動していた、サハラの遊牧民だったと考えられています。

なぜ人間と家畜は一緒に葬られたのか?

これらの集団墓で特に印象的なのは、人間だけでなく、ウシ、ヒツジ、ヤギなどの家畜も一緒に埋葬されていたことです。

一部の墓では、中央に主要な人物の埋葬があり、その周囲に別の埋葬が配置されています。

中央の人物は、共同体のリーダーや重要人物だった可能性があります。

もしそうなら、これらの墓は、先史時代の遊牧民社会に階層や序列が生まれ始めていたことを示す手がかりになります。

もちろん、これは後のエジプト王朝に見られるような、ファラオと農民の明確な支配関係とは異なります。

それでも、誰もが完全に同じ立場だった社会から、有力者や特別な人物を中心にした社会へ変化しつつあった可能性があります。

【集団墓地が点在している場所を示す画像がこちら

そして、その社会で大きな意味を持っていたのが「ウシ」でした。

周辺地域には、ウシを描いた古代の岩絵も残されています。

墓の中で人間と家畜が一緒に葬られていることを考えると、ウシは単なる食料ではなく、財産であり、地位の象徴であり、共同体の価値観を支える存在だったのでしょう。

当時のサハラは、今より緑が多かった時代から、次第に乾燥へ向かっていました。

この時期は「アフリカ湿潤期」の終わりに近く、夏のモンスーンが南へ後退し、降雨量が減り、牧草地も縮小していきました。

水を多く必要とするウシを飼い続けることは、次第に難しくなっていったはずです。

だからこそ、乾いていく砂漠で大きなウシの群れを持つことは、現代で高級車を所有するような、希少で目立つ財産だったのかもしれません。

集団墓の多くが、谷底の岩場の水たまり、かつての湖底、一時的に水が流れる川の近くに位置していることも重要です。

これは、墓が築かれた時点で、すでに水場が貴重な意味を持っていたことを示しています。

つまり、これらの巨大墓は、死者を葬る場所であると同時に、乾燥化するサハラで、遊牧民たちが何を大切にし、どのように社会を保っていたのかを物語る記念碑でもあったのです。

興味深いことに、これらの集団墓は、最初に築かれてから何千年も後に、別の遊牧民たちによって再利用された例もあります。

場合によっては、約4000年後に再び埋葬地として使われていました。

先史時代の人々が築いた墓地空間は、砂漠の中で世代を超えて記憶され続けていたのです。

参考文献

Archaeologists Discover Hundreds of Strange, Ancient Mass Graves in The Desert
https://www.sciencealert.com/archaeologists-discover-hundreds-of-strange-ancient-mass-graves-in-the-desert

We found hundreds of huge ancient mass graves hidden in the Sahara desert
https://lighthouse.mq.edu.au/article/2026/may-2026/ancient-mass-graves-in-sahara

元論文

Atbai Enclosure Burials: Monumentalism, Pastoralism and Environmental Change in the Mid-Holocene East Nubian Deserts
https://doi.org/10.1007/s10437-026-09654-y

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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