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哺乳類に眠る「手足の再生能力」を呼び覚ます実験ーーマウスの切断指の再生を確認

  • 2026.5.12
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

「失った手足を再び生やす力」と聞くと、多くの人はサンショウウオなどを思い浮かべるでしょう。

彼らは切断された四肢を、骨や筋肉、神経を含めて再び作り直すことができます。

一方、人間を含む哺乳類では、傷口がふさがって瘢痕(はんこん、傷跡)が残るだけで、失われた構造そのものは基本的に戻りません。

しかし、これは「哺乳類には再生能力がない」という意味ではないのかもしれません。

米テキサスA&M大学の研究チームは、このほど、生後間もないマウスの切断された足指に対して、2種類の成長因子を順番に与えることで、骨や関節、腱、靭帯を含む構造の再生に近い反応を引き出すことに成功しました。

再生した指は完全な形ではありませんでしたが、失われた構成要素の多くが戻っていたのです。

研究成果は2026年4月17日付で学術誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 傷口は「瘢痕を作る」か「再生に向かう」かの分かれ道にある
  • 第二の誘導で「骨・関節・腱・靭帯」が再生された

傷口は「瘢痕を作る」か「再生に向かう」かの分かれ道にある

私たちがけがをすると、体はまず傷口をすばやくふさごうとします。

このとき活躍するのが線維芽細胞(せんいがさいぼう)です。

線維芽細胞は傷口に集まり、コラーゲンなどを作って損傷部を埋め、瘢痕組織を形成します。

これは生きるためには非常に重要な仕組みです。

出血や感染を防ぎ、傷を閉じることが最優先されるからです。

しかし、手足や指のような複雑な構造を失った場合、この反応には大きな限界があります。

傷はふさがっても、骨や関節、腱、靭帯がもとのように作り直されるわけではないのです。

一方、サンショウウオなどの再生能力を持つ動物では、傷口に「芽体(がたい)」と呼ばれる一時的な細胞の集まりができます。

芽体は、失われた構造を作り直すための“再生工事現場”のようなものです。

そこでは細胞が単に傷を埋めるのではなく、どの場所にどんな組織を作るべきかに従って、再び形を組み立てていきます。

研究チームが注目したのは、この違いでした。

哺乳類の傷口に集まる細胞も、本当に瘢痕を作ることしかできないのでしょうか。

あるいは、適切な指示を与えれば、サンショウウオのように再生へ向かう可能性を持っているのでしょうか。

チームはこの考えを、細胞が「瘢痕を作る方向」と「芽体を作る方向」のどちらにも進み得る状態として説明しています。

そこでチームは、マウスの足指を用いて、通常なら再生しない切断創に再生のスイッチを入れられるかを調べることに。

実験では、生後3日のマウスの後ろ足の指を、第2指節骨の途中で切断しました。

このレベルの損傷では、普通は失われた指の構造は再生しません。

チームは、傷が閉じた4日後に、まず線維芽細胞増殖因子2(FGF2)を傷口に与えました。

重要なのは、傷を負った直後ではなく、いったん通常の治癒反応が進んで傷が閉じたあとに投与した点です。

つまり体にまず「傷をふさぐ」といういつもの作業を終えさせ、その後で「この先の反応」を別の方向に変えようとしたのです。

するとFGF2は、傷口にある細胞を活性化し、芽体に似た細胞集団を作らせました。

これは、哺乳類では通常このような切断創で起こらない反応です。

実際、研究ではFGF2によって、芽体形成やパターン形成に関わる遺伝子の発現が誘導されることも確認されました。

ただし、FGF2だけでは足指の骨格構造を十分に作り直すことはできませんでした。

いわば、再生のための“材料置き場”はできたものの、そこから何をどう作るかという指示が足りなかったのです。

第二の誘導で「骨・関節・腱・靭帯」が再生された

そこでチームは、FGF2を与えた数日後に、もう1つの成長因子である骨形成タンパク質2(BMP2)を投与しました。

BMP2は名前の通り、骨の形成に関わるシグナルとして知られています。

今回の処理は、FGF2とBMP2を同時に与えたものではありません。

まずFGF2で傷口の細胞を芽体に似た状態へ向かわせ、その後にBMP2で新たな構造を作るよう促す、2段階の治療法でした。

チームはこの仕組みを、「まず細胞を瘢痕形成から遠ざけ、その後に何を作るべきかを伝える」と表現しています。

この2段階処理によって、結果は大きく変わりました。

FGF2のあとにBMP2を与えたマウスの足指では、切断された部分に新しい骨格要素が形成されたのです。

組織を詳しく調べると、骨だけでなく、関節軟骨、腱、靭帯、滑膜関節に似た構造まで確認されました。

つまり、単に硬い骨の塊ができたのではなく、指を構成する複数の部品が、ある程度まとまった形で現れていたのです。

チームはこれを、構成要素としては揃っているが完全ではない指の再生と位置づけています。

2段階治療のイメージ図/ Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

もちろん、ここで注意が必要です。

今回のマウスで、切断された足指が新品のように完璧に戻ったわけではありません。

再生した構造は形がいびつだったり、小さかったりし、元の指の正確な複製とは言えませんでした。

それでも、失われた部位に本来期待される骨、腱、靭帯、関節のような構造が確認されたことは大きな意味を持ちます。

これまで哺乳類の再生医療では、外から幹細胞を入れて組織を作らせるという考え方がよく注目されてきました。

しかし今回の研究では、外部から幹細胞を移植したわけではありません。

傷口にすでに存在していた細胞のふるまいを、成長因子によって変えたのです。

チームは「幹細胞を取り出して戻す必要はありません。それらはすでにそこにあります。必要なのは、それらを望むようにふるまわせる方法を学ぶことです」と説明しています。

この点は、哺乳類の再生能力に対する見方を変えるものです。

もし体内の細胞が、普段は瘢痕を作る方向に進んでいるだけで、本当は再生へ向かう潜在能力を持っているのだとすれば、再生できない理由は「能力が完全に失われたから」ではなく、「再生の適切な指示が出ていないから」なのかもしれません。

ただし、この成果をそのまま人間の手足再生に結びつけるのは早計です。

今回の実験は、生後間もないマウスの足指を対象にしたもの。

人間の成人の腕や脚で同じ反応が起こるかは、まったく別の問題です。

それでも、今回の研究には比較的近い将来に応用できる可能性もあります。

BMP2はすでに一部の再建手術などで使われており、FGF2も複数の臨床試験で検討されています。

そのため、完全な手足の再生ではなくても、瘢痕を減らす、切断後の組織修復を改善する、といった方向では、応用の道が開かれるかもしれません。

「哺乳類は再生できない」という長年の常識は、少しずつ揺らぎ始めています。

今回の研究が示したのは、人間の手足がすぐに再生できるようになるという未来ではありません。

むしろ重要なのは、哺乳類の体にも、失われた組織を作り直すための細胞状態が、完全には消えずに残っているかもしれないという点です。

サンショウウオのような能力は、私たちから完全に遠いものではなく、体の傷をふさぐ仕組みの奥に眠っている可能性があります。

参考文献

Mammals May Have a Hidden Limb Regeneration Ability We Never Knew About
https://www.sciencealert.com/mammals-may-have-a-hidden-limb-regeneration-ability-we-never-knew-about

What If Humans Could Regrow Tissue? Texas A&M Study Moves Science Closer
https://vetmed.tamu.edu/news/press-releases/human-tissue-regeneration-texas-am-study/

元論文

Digit regeneration in mice is stimulated by sequential treatment with FGF2 and BMP2
https://doi.org/10.1038/s41467-026-72066-8

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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