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ビートルズ脱退後、ジョン・レノン唯一のフル・コンサートがIMAXでよみがえる――映画『One to One』2026年秋公開

  • 2026.5.7

ジョン・レノンがビートルズ脱退後、その生涯でただ一度だけ行ったフル・コンサートがあったことをご存じだろうか。1972年8月30日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催された「One to One」。この伝説のステージを軸に、ジョンとオノ・ヨーコがニューヨークで過ごした激動の18カ月を描いた映画『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ:One to One』が、2026年秋にIMAX(R)限定で公開される。監督はアカデミー賞受賞監督のケヴィン・マクドナルド、製作総指揮には2人の息子ショーン・オノ・レノンと、近作『F1/エフワン』の名演も記憶に新しいブラッド・ピットらが名を連ねる。

ジョンとオノ・ヨーコ、激動の18カ月を描いた映画『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ:One to One』メインキービジュアル
ジョンとオノ・ヨーコ、激動の18カ月を描いた映画『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ:One to One』メインキービジュアル

あわせて解禁された特報映像は、「恋に落ちた、“クリエイティブの天才”に」というジョンの発言から始まり、彼の代表曲『Imagine』が重なっていく。映し出されるのは、1971年のアメリカで2人が過ごした日常と非日常が交錯する日々。グリニッジ・ヴィレッジのアパートで紡がれた、親密で飾らない愛のかたちと、ふつふつと湧き上がる芸術的な衝動が、鮮やかに浮かび上がってくる。

1971年、グリニッジ・ヴィレッジ。ジョンは“テレビ漬け”だった

ピアノに向かうヨーコ、その隣でアコースティックギターを構えるジョン。プライベートな音楽の時間が切り取られた一枚
ピアノに向かうヨーコ、その隣でアコースティックギターを構えるジョン。プライベートな音楽の時間が切り取られた一枚

イギリスから新天地ニューヨークへと渡ったジョンとヨーコが暮らしていたのは、グリニッジ・ヴィレッジのこぢんまりとしたアパート。当時のイギリスで観られるテレビは2〜3チャンネルしかなかったのに対し、アメリカは約30チャンネル。ジョンはほとんど1日中、テレビにかじりついていたという。

本作は、まさに“ジョンが目にしていたであろうテレビ”の数々を惜しみなく再現してみせる。ベトナム戦争の生々しい映像、ニクソン大統領の演説、コカ・コーラのCM、人気番組『ザ・プライス・イズ・ライト』、ウォルター・クロンカイトのニュース、ホームドラマ『ウォルトン家の人々』――。次々と切り替わるチャンネルをザッピングするような感覚で、混沌とした1970年代初頭のアメリカが、観客の目の前にまざまざと立ち上がってくる。

そして再現されているのは、テレビ画面の向こう側だけではない。撮影開始のタイミングで、本物のアパートはちょうど解体工事の真っ最中だった。「あと3カ月早ければ本物で撮れた」とプロデューサーのピーター・ウォースリーが嘆くなか、監督の妻でアカデミー賞ノミネート経験のあるセットデコレーターが指揮を執り、寸分違わぬ再現が試みられた。

アンプはオーディオの専門家にモデルを特定させたうえで、ポーランドにあった同型品をわざわざ取り寄せた。メガネはジョン・レノン・エステートから「度数が違う、ジョンの視力はもっと悪かった」とダメ出しを受けたという。レノン家所有の白黒のキルトは劣化が進んで使えなかったため、寸法だけを譲り受け、新たに織り直した。そして枕カバーはなんとスヌーピー柄。ジョンとヨーコは、毎晩スヌーピーの上で眠っていたのだ。

2人がアメリカに来た本当の理由とは?

ヨーコの娘・キョウコと過ごした日々。娘を取り戻したい一心が、後の「One to One」コンサートにつながっていく
ヨーコの娘・キョウコと過ごした日々。娘を取り戻したい一心が、後の「One to One」コンサートにつながっていく

監督のケヴィン・マクドナルドは、製作中にレノン・エステートのスタッフへ「そもそもなぜ2人はアメリカに渡ったのか?」と尋ねたことがあるという。返ってきた答えは「ヨーコに向けられた逆風から逃れるためでもあったし、ヨーコの娘・キョウコを探すため」だった。

監督自身、ヨーコに娘がいたことすら知らなかったと、プロダクションノートで打ち明けている。前夫との間に生まれた幼い娘・キョウコ。ジョンとヨーコがアメリカに渡ってからの日々の裏には、何年にもわたって娘の行方を探し続ける一人の母としてのヨーコの姿があった。そしてジョンが生きている間、2人がキョウコと再び会うことはなかった。ステージでヨーコが叫ぶように歌い上げる「Don't Worry Kyoko」――あの絶叫のような歌声には、「必ずあなたのもとへ行く」という母親の祈りが込められていたのだ。

伝説のチャリティ・コンサートが生まれたきっかけ

【画像】1972年8月30日、マディソン・スクエア・ガーデン。「One to One」のステージで見つめ合う2人
【画像】1972年8月30日、マディソン・スクエア・ガーデン。「One to One」のステージで見つめ合う2人

伝説のコンサート「One to One」が生まれたきっかけもまた、テレビの中にあった。2人がアパートで観ていたジェラルド・リベラの報道番組が、ニューヨーク・スタテン島にあるウィローブルック・スクールの知的障害のある子どもたちが置かれた、あまりにも劣悪な環境を告発していたのだ。映像にショックを受けた2人は、この現実を前にして、ある決断を下す。

世界そのものを変えようと革命を叫ぶのではなく、自分たちの手の届く範囲にいる子どもたちのために、チャリティ・コンサートを開くこと。

マクドナルド監督いわく、本作は「世界全体を変えようと挑んで挫折した人間が、自分にもできる範囲でよいことをすると決めた、そのターニングポイントを描いた映画」だという。1972年8月30日、マディソン・スクエア・ガーデンで昼夜の2公演として開かれたコンサートは、合わせて約4万人を動員。寄付金は150万ドル超に上った。これは2025年の貨幣価値に換算すると、およそ1150万ドル(約17億円)にあたる規模である。

「心配ないよ。撃たれるつもりはない」IMAXでよみがえるジョンとヨーコの肉声と歌声

IMAX上映で、まず注目してほしいのがショーン・オノ・レノン本人の手によるリマスター音源だ。マディソン・スクエア・ガーデンで響き渡った『Imagine』『Give Peace a Chance』『Instant Karma』が、半世紀の時を超えて磨き直され、巨大スクリーンと圧倒的な音響空間に解き放たれる。

また、家族ですら、これまで一度も耳にしたことがなかったというジョンの電話録音も、本作のためにデジタル化されている。そのなかには、ある人物がジョンに「暗殺されるのが怖くないのか」と尋ねる一幕も収められている。ジョンの答えは「心配ないよ。撃たれるつもりはない。俺はアーティストだ、政治家じゃないんだから」。1980年12月のあの悲劇を知る私たちには、この一言が重く、深く響く。

さらに、2人がポータパックカメラを手に撮影した、これまた未公開のホームムービーも収録。まるで2人の隣に立ち並び、当時を追体験しているかのような、かつてない没入感を劇場で体感してほしい。

『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ:One to One』作品概要

原題:One to One: John & Yoko

公開:2026年秋 IMAX限定公開

監督:ケヴィン・マクドナルド

製作総指揮:ショーン・オノ・レノン、ブラッド・ピット ほか

音楽プロデューサー:ショーン・オノ・レノン

配給:WOWOW

上映時間:100分

映画『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ:One to One』ティザービジュアル
映画『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ:One to One』ティザービジュアル

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