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伊藤亜和が見た、『地獄に堕ちるわよ』が炙り出す人間の果てなき欲望

  • 2026.5.11

平成のメディア界を席捲し、国民的占い師として名を馳せた細木数子。鮮烈な印象を残した禍々しい栄光とその裏にある知られざる過去を、Netflixがドラマ化。その名も、『地獄に堕ちるわよ』。細木数子という“現象”とは果たしてなんだったのか。作品を観賞した文筆家・伊藤亜和が綴る。

text: Awa Ito

『地獄に堕ちるわよ』の場面写真
BRUTUS

飢えたこの国そのもの、それが細木数子という女だった

細木数子。彼女がメディアでその名を轟(とどろ)かせていた頃、まだ幼かった私も六星占術の診断をネット上で受けたことを憶えている。きっと、その存在を知っていた誰もが自分の“宿命”を気にせずにはいられなかった。

物語の中でまず耳に入ってきたのは、人々の欲望の音だ。クチャクチャと食べ物を咀嚼(そしゃく)する音、今日を懸命に生きる息遣い、そして、唾液の滴る笑い声──。一貫して表されるのは、人々が持っている欲望というものの姿である。

生きている限り、人には欲望がある。もしかすると生きることそれ自体が欲望とも言えるかもしれない。時にグロテスクに描写されるそれらは、欲望を隠すべきものとして振る舞う現代に生きる私たちに、舌触りの悪い違和感として終始付き纏(まと)う。

戦争によって破壊され、飢えたこの国そのもの、それが細木数子という女だった。欲望の凄まじいエネルギーに突き動かされながらあらゆるものを手に入れていくうち、彼女はやがて、自分自身もそれに侵されていく。その姿はまるで、燃えながら散っていく花びらのように時代の華やかさと共に映される。

彼女の言葉を通して語られる半生は、一方から見れば眩(まぶ)しい光のように私たちを魅了するが、ひとたび視点を移せば、彼女の足元には、欲望に飲み込まれた深い邪悪の影が現れるのだ。真実の姿はどちらだろうか。そもそも、真実とは一体何なのだろう。人は自分の欲望に伴って真実を選択するのかもしれない。彼女は欲望そのものであり、人々の欲望を映す鏡だったのだと思う。

戸田恵梨香演じる細木数子の表情が、記憶の中で遠ざかっていた彼女の言葉と、それに熱狂していた時代を甦(よみがえ)らせる。すべて観終わった今、私はこうして彼女を話題に上げることすら恐ろしくなってしまっている。ひとつの時代をつくり、すべての欲望を喰らい尽くした女は、死してもなお、自らの名を口にするすべての者に目を光らせている気がしてならない。

Netflixシリーズ『地獄に堕ちるわよ』  出演:戸田恵梨香ほか/独自に編み出した六星占術と、「大殺界」などの強烈なフレーズで一大ブームとなった占い師・細木数子。戦後復興期から高度経済成長期、バブル崩壊といった激動の時代を欲深に生き抜いた女性の壮絶な半生を描く。世界独占配信中。

profile

伊藤亜和さん
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伊藤亜和(文筆家)

いとう・あわ/1996年神奈川県生まれ。著書に『変な奴やめたい。』(ポプラ社)他。初の絵本『モあプーはヘンダ』(KADOKAWA)(絵:出口かずみ)が5月27日発売。

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