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リクガメのオスはメスを「崖から突き落とす」ことがあると判明――『楽園』が地獄に変わるとき

  • 2026.5.11
リクガメのオスはメスを「崖から突き落とす」ことがあると判明――『楽園』が地獄に変わるとき
リクガメのオスはメスを「崖から突き落とす」ことがあると判明――『楽園』が地獄に変わるとき / Credit: Arsovski et al., Ecology Letters (2026)

北マケドニアのマケドニア生態学会(MES)などが行った16年に及ぶ野外調査によって、北マケドニア・プレスパ湖に浮かぶ小さな島ではリクガメのオスのしつこい嫌がらせがメスを死に追いやり、島内で絶滅の道を進んでいることが16年間の野外調査で明らかになりました。

また研究では、慢性的な嫌がらせに加えて、オスに追い詰められて崖から転落死するメスがいる場合があることも示されています。

島には成体を襲う天敵が一切おらず、約1,000匹ものリクガメがひしめく「楽園」のような場所です。

しかし研究者たちは、このままメスの数の減少が続けば2083年には島の最後のメスが死亡し、やがてこの個体群は消滅すると予測されました。

いったいなぜ、天敵もいない「楽園」で、リクガメたちは自滅の道を歩んでいるのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年1月26日に学術誌『Ecology Letters』にて発表されました。

目次

  • 天敵ゼロの島で、何が狂い始めたのか
  • メスの「地獄」と化した楽園島
  • 2083年、最後のメスが死ぬ日
  • 楽園は地獄の一丁目なのか?

天敵ゼロの島で、何が狂い始めたのか

天敵ゼロの島で、何が狂い始めたのか
天敵ゼロの島で、何が狂い始めたのか / Credit: Xavier Bonnet / The Conversation (CC-BY-ND)

「保護さえすれば、動物は安全に暮らせるはずだ」

多くの人がそう考えるのではないでしょうか?

天敵を排除し、開発を止め、環境を守ればいい。

保全の原則は、少なくとも直感的にはシンプルです。

ゴレム・グラード島は、まさにその理想を体現したような場所でした。

プレスパ湖に浮かぶ面積わずか18ヘクタール――東京ドーム4個分ほどの小さな島は、テーブルのような構造をしています。

頂上には森が広がる平らな高原があり、その周囲を高さ20〜30メートルの切り立った崖がぐるりと囲んでいます。

ここではイノシシも犬もネズミも人間もおらず、リクガメの成体を襲う捕食者はゼロ。

温暖な地中海性気候は爬虫類にとって申し分ありません。

朝日を浴びた後、リクガメたちは牧草地で草を食み、休息し、オスは交尾のときに甲高い鳴き声を上げます。

その結果、この島のリクガメは1ヘクタールあたり約46〜64匹という、ヘルマンリクガメでは記録上最高クラスの密度に達していました。

2008年に北マケドニア、セルビア、フランスの国際研究チームが現地調査を始めたとき、島のリクガメもまた「繁栄する個体群」そのものに見えていたのです。

ここまでの話を聞く限り、この島のリクガメに問題があるようには思えません。

しかし、10年以上にわたってデータを積み重ねるうち、研究者たちはまったく異なる現実に気づき始めました。

メスの「地獄」と化した楽園島

メスの「地獄」と化した楽園島
メスの「地獄」と化した楽園島 / Credit: Xavier Bonnet / The Conversation (CC-BY-ND)

調査が明らかにした最初の異変は、オスとメスの数の圧倒的な不均衡でした。

2023年の推定で、島の高原に暮らす成体のオスは約737匹。対するメスはわずか39匹。

最大でオス29匹に対してメス1匹です。

さらに深刻なことに、島の高原のメスで実際に卵を持っていたのはわずか15%にすぎませんでした。

一方、島から約4.5km離れた本土の対照集団(コニシュコ村)では94%のメスが抱卵していたことを考えると、その差は歴然です。

リクガメの卵は交尾すればできるというものではなく、メスが数ヶ月かけて体内に栄養を蓄え、交尾の前にあらかじめ卵を育てるという長い準備が必要です。

つまり島のメスたちは何らかの原因で卵を育てる余裕がなくなっていたのです。

さらにこの数を考慮に入れると、実際に卵を育て交尾の準備ができているメス1匹に対してオスが127匹に上ることになります。

問題は、この数の偏りだけではありませんでした。

ヘルマンリクガメの交尾は、生態学で「強制的交尾(メスの選好や抵抗にかかわらずオスが交尾を迫るシステム)」と分類されます。

オスはメスを執拗に追いかけ、甲羅をバンパーカーのようにぶつけ、脚に出血するほど噛みつき、尾の先端にある鋭い角質の突起でメスの総排泄腔(排泄と生殖を兼ねる器官)を突き続けます。

メスが逃げるのをやめたり、受け入れたりした場合に交尾が成立します。

これ自体は、この種の正常な繁殖行動です。

通常の環境なら、メスは身を隠したり、別の場所に移動したりして圧力をかわすことができます。

しかし、逃げ場のない島では事情が一変します。

オスたちは3〜8匹、多いときは9匹までの集団で、朝から夕方まで1匹のメスを取り囲んで追い続けます。

日が暮れるとメスのすぐそばに横たわり、翌朝また追跡が始まります。

メスは十分に休むことも食べることもできません。

本土のメスの多くが体重2.5〜2.9kgあるのに対し、島のメスで1.75kgを超える個体はほとんどいませんでした。

島の成体メスの75%が総排泄腔に傷を負っていたのに対し、本土の対照集団ではその割合は25%にとどまっています。

そして最も衝撃的なのが、崖からの転落です。

追い詰められたメスが高原の縁まで逃げ、そこで転落して命を落とすケースが繰り返し確認されていました。

(※たとえば2023年6月18日、加速度計付きのGPSが急激な落下を記録しました。20メートル下の岩場で見つかったメスの甲羅は真っ二つに割れ、体内には卵が3つ残されていました。)

研究者が調査を行ったところ、死亡したメスの22%が転落死だったのに対し、オスではわずか7%。

まるで崖が、メスを選んで殺しているかのようです。

そこで研究チームは、この現象を実験で検証することにしました。

人工的に作った崖を模した1メートルの段差がある囲いの中にメスを入れ、オス5匹と一緒にした場合とメス単独の場合を比較しました。

結果、オスを入れると、本土のメスも島のメスも、ほぼ全員が崖の縁から飛び出してしまったのです。

特に注目すべきは、本土のメス4匹はすべてオスに突き落とされたのに対し、島のメス7匹のうち4匹は、オスに押されるのを待たずに自分から飛び降りていたことです。

険しい地形への慣れや慢性的な交尾圧によって、島のメスの行動そのものが変質してしまっていた可能性があります。

注目すべきは、この偏りの出発点です。

研究チームが1〜9歳の幼体の性比を調べたところ、ほぼ均等(1.1対1)でした。つまり、生まれた時点では偏りはなかったと考えられます。

研究者たちは毎日繰り返される嫌がらせの蓄積でメスたちが十分に食べられず、休めず、傷が癒えない――その慢性的な消耗に加えて崖からの転落がメスの減少に拍車をかけている可能性があると述べています。

オスとメスはほぼ同数生まれているのに、主にオスの嫌がらせと「転落事故」でメスがどんどん死んで行っているわけです。

人間の場合、女性が衰弱死しするほどの執拗なつきまといや、崖の近くまで追い詰めて転落死させる場合は「殺人罪」や「傷害致死罪」ですが、リグガメには警察機構はありません。

オスたちは本能に従い行動した結果、メスが死に続けているのです。

ではこのままいけば、島のリグガメたちはどうなってしまうのでしょうか?

2083年、最後のメスが死ぬ日

2083年、最後のメスが死ぬ日
2083年、最後のメスが死ぬ日 / Credit: Xavier Bonnet / The Conversation (CC-BY-ND)

「メスの数が減れば、個体数全体が減少して、過剰なオスも減り、やがてはバランスがもどるのでは?」と思う人もいるでしょう。

メスが減って島全体の個体数も減れば、メスを攻撃するオスも減り、メスの死亡も減るというのは一見して理にかなっています。

しかしそういった「やさしい」調節能力は常に働いてくれるわけではありません。

生態学で「絶滅の渦」と呼ばれる現象があります。

個体群の減少がさらなる減少を呼ぶ、止められない悪循環のことです。

ゴレム・グラード島では、まさにこの渦が回り始めています。

メスが減ると、残ったメスに集中するオスの数が増えます。

圧力が増すとメスの栄養状態などの健康度はさらに悪化し、繁殖力も落ちます。

島の高原のメスの平均産卵数は2.5個と、本土の対照集団の6.0個の半分以下。

メスの年間生存率も、本土の対照集団の0.94に対して島では0.89と明らかに低い値でした。

さらに研究チームは、英国の研究者と共同で血液から個体の年齢を推定する新しい技術を開発しています。

これを用いて改めて調べたところ、島の最高齢のオスが60歳を超えていたのに対し、最高齢のメスはわずか35歳でした。

本来この種では、十分に生きればメスのほうがオスより大きくなるはずですが、島ではそうなる前にメスが失われている可能性があります。

ヘルマンリクガメのメスが成熟するまでには約10〜15年かかるため、回復は極めてゆっくりです。

しかもメスを見つけられないオスたちは、まだ未成熟の若いメスにまで交尾を試みるようになり、次世代すら脅かしています。

研究チームの過去の論文では、あまりにメスが不足した結果、島のオスたちが他のオス、死骸、果ては石にまで交尾を試みる行動も観察されており、研究者たちはこれを「刑務所効果」と名付けています。

メスが死ぬ速度があまりに早すぎて、次世代のメスの補充が追い付いていない形と言えます。

こうして「メスが減る → オスの圧力が増す → メスがさらに減る」という歯止めの効かない螺旋が加速し続けているのです。

研究チームが現在の生存率と繁殖率をもとに行った1,000回のシミュレーションでは、島の最後のメスが2083年に死亡すると予測されています。

メスがいなくなった後も、80年以上生きるオスたちはしばらく島に残ります。

しかし繁殖は不可能であり、やがてこの個体群は完全に消滅します。

事態は確実に進行しています。

研究チームの最新の報告によれば、調査で確認される成体メスの数は、2009年の45匹から、2024年には20匹、2025年にはわずか15匹にまで減少しました。

もし回復傾向にあるなら、調査でみつかるメスの数も増えるはずですが、悪化の一途をたどっていたのです。

動物の個体群が絶滅に向かうのは、通常、天敵に食べられすぎたり、住む場所を奪われたりといった「外からの脅威」がある場合です。

天敵もおらず、環境も良好で、数も多い集団がわざわざ自滅するなど、ふつうは考えられません。

「自分たちの行動だけで自滅しうる」という理論自体は、2005年にフランスの研究チームがトカゲの飼育実験で示していました。

しかしそれはあくまで実験室の中の話で、自然界では一度も確認されたことがなかったのです。

ゴレム・グラード島は、その「実験室の中だけの話」が現実に起きていることを示した、初めての事例です。

楽園は地獄の一丁目なのか?

楽園は地獄の一丁目なのか?
楽園は地獄の一丁目なのか? / Credit: ©Dragan Arsovski / Macedonian Ecological Society

著者らは、性比の偏りの起源が確率的な偶然であれ人為的なものであれ、いったん偏りが生じた後に「自己修正が効かなかった」ことこそが本質的な問題だと指摘しています。

興味深いことに、島で見つかった古い個体のうち122匹は、甲羅にアラビア数字が彫り込まれていました。

これは既知のどのカメ標識法とも一致せず、研究チームは「過去に人間が島にカメを持ち込んだ可能性があり、その時点ですでに性比が偏っていたのかもしれない」と推測しています。

確たる証拠はまだありませんが、島の悲劇の出発点には人間の手が関わっていた可能性が浮かび上がっているのです。

通常の野生環境では、オスが過密になれば、一部のオスがより良い交尾機会を求めて別の場所に移動し、メスへの圧力は自然に和らぎます。

メスも身を隠したり、優位なオスの保護を求めたりして、過度な攻撃を回避できます。

ゾウアザラシやヒキガエルなど、強制的な交尾システムを持つ他の種でも、こうした調節メカニズムが働くことで、性的対立は致命的なレベルにまでは達しません。

しかしゴレム・グラード島では、これらの安全装置がことごとく無効化されていました。

泳げないリクガメは島から出られません。

東京ドーム4個分の高原は、700匹以上のオスから隠れるには狭すぎます。

メスが逃げる先は限られ、ときに崖の縁が危険な逃げ道になります。

著者たちはさらに、島のメスが身体的に追い込まれているだけでなく、行動パターンまで変質している点を指摘しています。

興味深いのは、研究チームが過去に「島のリクガメは本土のものより段差や崖を恐れず飛び越える」と報告しており、これは長らく「険しい地形への適応」と解釈されていたことです。

しかし今回の研究で、この『勇敢さ』が実はオスからの逃避による行動変質だった可能性が浮上しました。

「適応」と思われていた行動が、悲劇の兆候だったのかもしれません。

先に触れたように捕獲率のデータでも、島の高原のメスは本土のメスに比べて極端に「見つかりにくく」なっていました。

これはメスが開けた草地で採食や日光浴をする余裕すらなく、常にオスの目を逃れて隠れていることを示唆しています。

結果として、ストレス、傷の治癒、採食機会の喪失が重なり、メスの体調と繁殖力はさらに低下します。

本来、ヘルマンリクガメの仲間ではメスのほうがオスより体格が大きくなります。

島でも成長モデルの上ではそのパターンは維持されていますが、現実には島で最も大きな個体はオスでした。

十分に長く生きればメスのほうが大きくなるはずなのに、そうなる前にメスが死んでいるのです。

皮肉なのは、この悲劇の条件のすべてが、本来なら「良いこと」だったという点です。

天敵がいないこと。
環境が保護されていること。
個体数が多いこと。

これらはすべて、保全の成功を示す指標のはずでした。

しかし実際には天敵のいない環境が個体密度を極限まで高め、泳げないリクガメたちは島に閉じ込められ、閉鎖された空間でオスの攻撃的な求愛行動が集中し、メスの生存率と繁殖力が低下していきました。

さらにメスが減ったことでオスの圧力はさらに増し、性的に成熟していないメスまでも交尾圧にさらされ、生存を脅かされる悪循環が始まってしまいました。

この島の悲劇は『単なるリクガメの野蛮さ』が原因ではないのかもしれません。

むしろ、彼らから『逃げ場』を奪った地形そのものが、本来の繁殖行動を凶器に変えてしまったのです(捕食者がいない=個体密度が極限まで上がる=逃げ場がなくなる)。

「最適化された楽園のような環境」は、しばしば「逃げ場のない地獄」と表裏一体である

楽園の影で絶滅が忍び寄っているという事実は、私たちの「楽園なら大丈夫」という素朴な信念に鋭い疑問を投げかけています。

この危機に対して、マケドニア生態学会はガリチツァ国立公園と共同で国際科学会議の開催を計画し、保全戦略の策定を目指しています。

カメのゆっくりとした生活ペースは、「絶滅の渦」が進行する様子をリアルタイムで観察するという科学史上まれな機会を研究者に与えましたが、同時に、介入のための時間がまだ残されていることも意味しています。

参考文献

Self‑destructive behaviour among Hermann’s tortoises on a Macedonian island is leading to ‘demographic suicide’
https://theconversation.com/self-destructive-behaviour-among-hermanns-tortoises-on-a-macedonian-island-is-leading-to-demographic-suicide-282081

元論文

Sex Ratio Bias Triggers Demographic Suicide in a Dense Tortoise Population
https://doi.org/10.1111/ele.70296

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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