1. トップ
  2. 恋愛
  3. 家出した夜に開いた母の日記。最後のページにあったのは「ごめんね」ではなかった

家出した夜に開いた母の日記。最後のページにあったのは「ごめんね」ではなかった

  • 2026.5.3
ハウコレ

あの夜、家を飛び出した私が帰宅後に偶然、母の日記を見つけました。そこに書かれていたのは、思っていたものとはまるで違う言葉だったのです。

息が詰まる家

中学に入ってから、家に帰るのが憂うつでした。帰れば必ず何か言われる。その日も7時過ぎに帰ると「帰り遅かったね」と。友達と話していただけなのに。「別にいいでしょ」と返すと「よくないよ。連絡くらいちょうだい」いつもこの繰り返しです。

お母さんは私を信用していないのだと思っていました。何をしても心配、何を言っても注意。こちらの気持ちなんて聞こうともしないで、自分の正しさだけを押しつけてくる。そう感じる毎日でした。

飛び出した言葉

夕食中、友達からの相談にメッセージを返していたら「ごはんの間くらい置いたら?」と言われました。事情も聞かずに叱る母に、積もっていたものがあふれました。

「うるさい。お母さんがいなくなればいいのに」

言った瞬間、空気が変わったのがわかりました。でも引っ込めることができなかった。部屋に戻りカバンだけ掴んで外へ出ました。行くあてなんてありません。近くの公園のベンチに座って、ただ暗い空を見上げていました。

見てしまったノート

夜10時を過ぎて寒さに耐えきれず、家に戻りました。リビングの明かりは消えていて、母はもう寝たようです。台所に、一冊のノートが開いたまま置いてありました。母の字でした。

目に飛び込んできたのは、こんな一文です。「娘の帰りが遅いと怒ってしまう。本当はおかえりだけ言えばいいのに。心配が怒りに変わるのは、いつからだろう」ページをめくると、もっと前の日付にはこう書かれていました。

「私もあの頃、母に同じことを思っていた。いなくなればいいのにって」

分かり合えないと思っていた母にもそんな時期があり、母自身も悩んでいたのだと、その時知ったのです。

そして...

日記の最後のページに書いてあったのは「この関わり方が正しいのかわからない。でもやめ方もわからない」という一文でした。

ノートをそっと閉じて、棚に戻しました。翌朝、少しだけ早く起きてリビングへ行くと、母が「おはよう」と言いました。いつもなら返しません。でもその日は「おはよう」と小さく返しました。許したわけではありません。ただ、昨日と同じ自分でいることが少しだけ嫌になった、それだけのことです。

(10代女性・学生)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる