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なぜ原田哲也は加藤大治郎に「敵わない」と思ったのか?|第7回 日本のバイクはなぜカッコいいのか

  • 2026.5.2

なぜ原田哲也は「敵わない」と感じたのか。世界グランプリで戦ってきたトップライダーがそう断言した相手、それが加藤大治郎だ。スムーズで無駄のないライディングと、鋭いブレーキング。その走りは、当時の2ストロークマシンに最適化された完成度を持っていた。本記事では原田哲也の証言から、大治郎の“美しい走り”の本質に迫る。

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PHOTO/T.HASEGAWA, H.ORIHARA, S.MAYUMI, K.ASAKURA,

HONDA, YAMAHA, SUZUKI, KAWASAKI, Red Bull, STLC Classic Wheels

TEXT/G.TAKAHASHI, K.ASAKURA

原田哲也が語る加藤大治郎の“美しいライディング”

大ちゃん──加藤大治郎さんが颯爽と世界グランプリ(MotoGP)に登場した時、「コイツには絶対に敵わない」と感じた。自分にも世代交代の波が押し寄せてきたことを実感し、「敵わない」と思ってしまったことで、心が折れた。

2002年をもっての僕の現役引退は、大ちゃんの走りが引き金だったと言ってもいい。

加藤大治郎のライディングは、素晴らしくスムーズだった。無駄にマシンを滑らせることがなく、非常に効率的。タイヤを温存でき、体力的にも余裕があったはずだ。当時の2ストロークマシンには最適な乗り方だったと言える。

【加藤大治郎 (1976-2003年)】
【加藤大治郎 (1976-2003年)】’76年生まれ。’97年に全日本ロードGP250でチャンピオンを獲得。’00年から世界GP250にフル参戦し、翌'01年にチャンピオンを獲得。日本人初のGP最高峰クラスチャンピオンが大いに期待されたが、’03年第1戦日本GP決勝でのクラッシュにより帰らぬ人となった

一方で、意外にもブレーキングはハードだった。100%の走りでなんとか食らいついても、ブレーキングは非常にディープで、簡単には抜けなかった。

あのスムーズなライディングは、ミニバイクからロードレースへとステップアップし、基本的にアスファルト上で走り続けてきた日本特有の環境が生んだものだったのかもしれない。

motogp
よりイン側に体を落とし、ヒジ擦りが当たり前のライディング。車高を下げるデバイス。すっかり様変わりした感のあるMotoGPだが、原田さんは「これが最新にして最高の走り。僕は素直にカッコいいと思う」と笑う

実際、アメリカでダートトラック修業を積んだノリックこと阿部典史さんは、スライドを積極的に使うダイナミックな走りだった。対照的なスタイルだが、どちらも高いレベルで完成されたライディングだ。

現在のMotoGPは、ノリックのようにマシンを滑らせることが前提の走りが主流となっている。それでも僕は、今も加藤大治郎の美しいライディングが好きだし、正直に言って憧れさえ感じている。

(原田哲也)

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