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帰省がつらい人へ──“家族は他人”で救われた話

  • 2026.5.1

「家族だからこそ、わかり合えるはず」
そんな期待が、時に自分を苦しめてしまうこともあるのではないでしょうか。近い関係だからこそ、お互いに心地良い距離を見つけたいものですね。今回は、筆者の友人の体験談をお届けします。

画像: 帰省がつらい人へ──“家族は他人”で救われた話

家族に対する期待と失望

かつての私にとって、実家への帰省は楽しみというより義務に近いものでした。

母の何気ない小言にカッとしてしまったり、父の古い価値観に真っ向から反論しては後味の悪い大喧嘩になったり……。

帰省したのに全くリフレッシュできず、むしろドッと疲れて新幹線に飛び乗り、自己嫌悪と一緒にビールを流し込む。そんなことの繰り返しでした。

今思い返してみると、「家族なんだから分かり合えるはず」という期待と、上手くいかない現実に失望し、無性にイライラしていたのでしょう。

ある言葉との出合い

そんな私を変えたのは、ある心理学の本で目にした「身内は、最も距離の近い他人である」という言葉でした。

「距離の近い他人」……。
これほど私と両親の関係を上手く言い表している言葉はない、と衝撃を受けたのです。

それ以来、私は親を「親」としてではなく、あえて「育ってきた環境も時代も異なる、ただの知人」として接してみることにしました。

距離を変えたら見えたもの

次の帰省では、心の中で「今から私は実家ではなく、知人の家にお邪魔する」と自分に言い聞かせながら実家に入りました。

すると不思議なことに、あんなに鼻についていた両親の言動が「個性的な知人の振る舞い」のように見えてきたのです。

母が小言を言ってきても、「この人はこういう考え方の人なんだな」「私とは考えが違うけど、まぁいいか」と一線を引く。
以前ならイラッとして言い返していたような場面でも、「なるほど、お母さんはそう考えるんだね」と笑顔で流せるようになった自分に驚きました。

心地よい距離感

帰省中、ずっとそれを意識して続けていると、両親の態度も徐々に穏やかになり、衝突することが目に見えて減っていきました。

私が両親と完全に分かり合うのを諦めたことで、両親もまた、私を自分たちの都合がいいようにコントロールしようとするのを諦めたのかもしれません。

身内を「他人」だと割り切ることは、なんだか冷たくて薄情なことのようにも思えます。でも、お互いを尊重し、穏やかな時間を守るために必要な距離もあるのではないでしょうか。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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