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「あいつは俺が育てた」と言い続けてきた俺に、現職の社長が放った一言で、顔が上げられなくなった夜

  • 2026.4.30
ハウコレ

正直、行くかどうか迷いました。かつての部下の登壇だと知っていたからです。それでも足を運んだ自分が、あの夜何を抱えて帰ることになるのかは、想像もしていませんでした。

届いた招待状

業界団体から登壇者一覧の案内が届いたのは、夏の終わりでした。その中に、かつての部下の名前がありました。転職していった後、活躍しているという噂は耳に入っていました。

こちら側はここ数年、目立った仕事ができていません。若手に任せる立場になり、企画書に朱を入れるのが主な役割です。あの頃、彼女の企画書にも朱を入れ続けました。「まだ早い」と何度も差し戻した自分のやり方が正しかったのか。今さら考えたところで答えは出ません。行くと決めたのは、何かを見届けたかったのかもしれません。

客席で漏れた一言

当日、客席から壇上の彼女を見ていました。5年間一緒に働いていた頃の面影はありますが、話す姿はまるで別人でした。紹介されている実績のいくつかは、こちらで弾いた企画に近いものだとすぐに気づきました。

隣の席の知り合いが「優秀な方ですね」と小声で言いました。「あいつは俺が育てた」。気づいたら、口から出ていました。出た瞬間、自分でも嘘だとわかっていました。育てた時間より、押さえつけていた時間の方が長い。それでも、この場で「関係のない人間です」と答えることが、俺にはどうしてもできませんでした。

懇親会で並んだ二人

懇親会で彼女と目が合いました。声をかけずに帰る選択肢もありました。けれど、ここで背を向ければ、自分が言い続けてきた「俺が育てた」がその瞬間から嘘になる気がして、足が動いていました。「久しぶりだな、立派になったな」。「俺が育てたって、みんなに話してるんだ」。

そのとき、彼女の横に一人の男性が並びました。現職の社長でした。「彼女を引き抜いた当時のお話ですか」穏やかな声でしたが、目は笑っていません。「前職で通らなかったという企画書を、採用面接のときに全部拝見しました。うちではその九割を通しています」。頭の中で、差し戻し続けたあの企画書の束がよみがえりました。

そして...

「育てるというのは、機会を渡すことだと私は思っています。見抜けなかった側が、育てた側を名乗るのは、少し違うかもしれませんね」。

返す言葉が浮かびませんでした。俺が差し戻し続けたものが、向こうでそのまま通っている。それが答えでした。周りの人たちは黙ったままでした。会釈をしてその場を離れるとき、足元だけを見ていました。

帰り道、タクシーの窓に映る自分の顔を、直視できませんでした。彼女の5年間を、こちらは正当に扱えなかった。その事実は、今さら謝って消えるものではありません。ただこれからは、少なくとも「俺が育てた」とは、もう口にできない。それだけは、はっきりわかった夜でした。

(40代男性・広告業)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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