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エリザベス女王、祝100歳。新たに明らかになった「真の姿」が見える10の秘話

  • 2026.4.21
Samir Hussein / Getty Images

2026年4月21日、もしご存命なら100歳を迎えられたこの日。2022年9月8日に、スコットランドはバルモラル城で逝去されてから、もうというのか、はやというべきか3年半の月日が経ちました。英国王室史上初となる、在位70周年を祝うプラチナ・ジュビリーの式典やイベントを終えられてからの最期に、エリザベス女王らしさがうかがえました。
女王亡き後、チャールズ国王に引き継がれた英国王室は順風満帆とは言い難く、王室内外で様々な問題あり。不安定な状況が続く中、救いともいえるおめでたい出来事と言えるのがエリザベス女王の生誕100周年。これを祝し、ロイヤルフォトグラファーで、伝記作家でもあるイアン・ロイド氏が、親族や友人、パレス関係者へのインタビューをもとに出版した新著書から知られざるエリザベス2世の新たな一面が明らかになりました。
超側近だからこそ知る、女王のお人柄や素顔が垣間見える10のお話です。

#1『即位するはずのなかった幼少期』

エリザベス2世といえば、お父上であるジョージ6世が次男ゆえ、長女としてご誕生時点では皇位継承者となるべく立場になく、エリザベス王女が生まれた場所は、パレスではなくロンドン、メイフェアのブルートンストリート17番地。母方の祖父母が所有する民家で生まれた唯一の英国君主でした。現在、この場所は広東料理店となっている模様。

PhotoQuest / Getty Images

父ジョージ6世は2人の娘たちと親密に接し、寝室で枕投げなどもされていたそうで、未来の国王ご一家としてというより、仲の良い次男プリンスご一家として過ごされた日々があったからこそ、後々まで女王がご家族や側近を大切に思われていたのでしょう。

#2『フィリップ殿下との出会い&一目惚れ』

結婚生活も、王室史上最長の70年。公私にわたり理解し、支え合い、深い絆で結ばれたエリザベス女王とフィリップ殿下でしたが、その出会いは女王が13歳で、殿下が18歳の時。1939年7月、ダートマスにある王立海軍大学への訪問の際、ご両親が礼拝に出席されている間、士官候補生だったフィリップ(のちの殿下)が、おふたりの王女たち(エリザベス王女とマーガレット王女)をもてなすよう命じられました。

殿下は、電車ごっこをしたり、レモネードを飲んだり、ジンジャークラッカーを食べたりした後、当時の乳母ミス・クロフォードに、「テニスコートに行って、ネットを飛び越えて楽しく遊びましょう」と提案。
ネットを軽々飛び越えるフィリップ(殿下)の姿を見て、エリザベス王女は「クロウフィー(ニックネーム)、彼ってすごいわ。なんて高く跳べるの!」と興奮して話されたそう。これが、エリザベス王女の一目惚れの瞬間と言われ、知る人も多いかもしれませんが、この時クロフォードさんは内心、「彼はかなり見せびらかしている」と感じていたとか(笑)

Hulton Archive / Getty Images

クロフォード氏の読み通り、フィリップ殿下になんらかの狙いがあったのか(笑)、真実はわかりませんが、この一目惚れに始まり、70年間夫を愛し、感謝し続け、あとを追うかのごとく1年半後に逝去された女王の一途な思いこそが、全てといえるのではないでしょうか。

#3『女王になった日』

1952年2月6日、エリザベス王女がケニアの「ツリートップス」を公式訪問した際、フィリップ王子の私設秘書マイク・パーカーは、王女を誘ってはしごを登り、森の向こうの地平線まで見渡せる展望台へと向かいました。
お二人が登っていると、一羽の鷲が現れ、頭上を旋回。「当時は全く気にもとめなかったが」とパーカー氏が回想。「それはちょうど国王が亡くなった頃だった」つまり、エリザベスが女王となったまさにその瞬間でした。
数時間後、そのニュースがケニアに届くと、エリザベスが急遽手配された便で帰国の途へ。私設秘書のチャーターリス氏は、その際のエリザベスの姿を報道陣が撮影したり録画したりしないよう求めました。
報道陣は忠実にカメラを地面に置き、王室の車列が立ち去る間、道端で黙って立ち尽くしました。これによって、エリザベスが女王となったその日の写真やニュースの映像は一切残されていません。

Keystone / Getty Images

帰路の機内で、クイーンマザーからのメッセージを受け取った機長。それは航海日誌に記録され、その後手書きで信号用紙に書き写されてから、エリザベスに手渡されました。そのメッセージは次の通り。「宛先:女王陛下。私の思いと祈りはすべてあなたと共にあります。マミーより。バッキンガム宮殿。」
書面で「陛下」と称されたのはこれが初めてとされています。
また、この時喪服を海外訪問時に携行しておらず、英国到着後に受け取った経験から、これ以降は、必ず持参することとなりました。

#4『初めてのクリスマス放送』

1957年、女王は初めてのテレビ放送によるクリスマスメッセージの収録を前に、非常に緊張していました。ご家族も同様で、女王によれば、彼らは「私が緊張のあまり泣き崩れるのではないか」と思っていたといいます。

妻を落ち着かせるため、フィリップ殿下は、「泣き叫び、歯ぎしりする様子を思い出して」と女王へおっしゃったそう。これは、1951年のカナダ訪問時に、彼が巨大な偽の牙をつけて列車の通路を駆けまわり、女王を追いかけまわした時の出来事で、緊張の感情をそらす、または笑いをもたらし緊張をほぐす意図があったと思われる、殿下らしい思いやりの形ですね。女王を笑顔にできる、唯一の存在と言われていたフィリップ殿下のお心遣いによって、女王もきっとリラックスされたことでしょう。

#5『実はお喋り好き』

エリザベス女王は、生前130点以上の肖像画のモデルを務められました。その中のひとり、イタリア人画家ピエトロ・アニゴーニが女王を描く際、なんと彼は、(最も丁寧な言い方で)女王陛下に静かにしていただきたいと願っていたという…。

Tony Gibson / Getty Images

あるジャーナリストから、描いている最中に女王が話しかけてこられるかを尋ねられたアルゴーニ氏は、こう答えました。「ええ、そうですね。おそらく、少し話しすぎと言えるかもしれません」その話が女王の耳に入ったと思われ、最後の4回の製作過程は、なんとも気まずい沈黙の中で行われたとか。

気まずいどころか、よく中止にならなかったと思うほど。むしろ、それを知ってもモデルを継続された女王の寛大さと、忍耐強さを実感した次第でございます。

#6『義理の娘ダイアナ妃との仲』

チャールズ皇太子との結婚生活の中で、義理の娘となったダイアナ妃は、エリザベス女王を突然訪ねては、胸の内を打ち明けるようになったとか。当然のごとく、女王のスケジュールが合わず、ダイアナ妃が待たされることもしばしば。

Tim Graham / Getty Images

ある時、一人の従者が後に女王にこう報告しました。「妃は、女王陛下にお目にかかるのを待っている間、30分の間に3回も泣いていました」
それに対し女王はこうお答えに。「私が彼女と30分間話していた間、彼女が泣き止むことはなかったわ」

「お上手!」と言いたくなるほどの切り返しに、女王の知性とジョーク、または嫌味?のセンスを実感するとともに、義理の母として夫婦間の問題にも、お忙しい中、耳を傾けていらしたことも判明。

#7『倹約の精神』

英国王室の倹約ぶりは、代々受け継がれているもので、エリザベス女王もしかり。ヴィクトリア女王の孫でエリザベス女王の大叔母にあたるアリス・オブ・オールバニは、1980年10月にエリザベス女王に見舞われた際、「出る時は暖房を切って行きなさい。あなたが来るからつけただけよ。」と言われ、エリザベス女王は、素直に身をかがめて、暖房のコンセントを抜かれたそうです。
また、王室主催のピクニックがバルモラル城の山小屋で開かれた際、参加していたゲストたちが、半分燃えたキャンドルを捨てようとして、エリザベス女王に注意され、笑ってしまったそう。「まだ充分に光が灯りますよ」とおっしゃったとのこと。

さらに、リサイクルというのも王室のDNAに刻まれていて、女王の衣装係のチームは、女王が着古した服を1番に手に入れる権利があったそう。そして、その後その服を着るか、売るかが選べるという。もちろん、それらが女王の所有物であることを示唆するラベルなどは全て取り除かれてのことですが、あるドレスに至っては、サンドリンガム近郊のフリーマーケットに出品されたこともあるというからビックリ! しかも、明らかに質の高いその服は売れ残ったというから、上質過ぎて着こなせる庶民はおらず、かも?!
物を捨てず大切にする英国人の価値観のまさに筆頭をいくのが王室、そして君主であることがわかりますね。次世代にもしっかり受け継がれ、注目されるキャサリン妃の着回しも、実は代々当然のこととも言えるのです。

#8『ショービジネス/芸能界への興味』

チャリティーガラ、また英国のエンターテイメント界のサポートもされる王室では、いわゆるセレブと称される人々との関わりも多いのですが、2002年のジェームズ・ボンドシリーズ映画『007/ダイ・アナザー・デイ』のロンドンプレミアでマドンナと対面した際、エリザベス女王が、彼女を全く知らないことが明らかに。

WPA Pool / Getty Images

マドンナが気まずそうに笑っていると、側近が「マテリアル・ガール」のスターが主題歌を歌ったことを説明。すると女王は「あら、そうだったの?」と返すと、そのまま次の場所へ移動されたそう。

また、退役軍人及びその家族を支援する王室恒例イベント、ロイヤル・バラエティ・パフォーマンスでは、1991年に7万2000ポンドを払ってダイアナ・ロスをヘッドライナーとして招き、後半ステージを席巻したものの、エリザベス女王は、「あの女性歌手は素晴らしかったわね」と述べられたとか。プロデューサーたちが肩を落とす姿が想像できるというもの…(笑)
しかし、その一方ではノリノリのご様子も。女王がウィンザー城でアンドルー王子の21歳の誕生日パーティを主催された際、ゲストのひとり、エルトン・ジョンをアン王女がダンスに誘われ、ぎこちなく足を踏みしめあっていると、女王が近づき、「一緒に踊ってもいいかしら?」と尋ね、50年代の大ヒットソング『ロック・アラウンド・ザ・クロック』の曲に合わせて、ダンスに加わられたそう。興味深いのは、その間もハンドバッグが腕にかけられたままだったこと!
加えて、女王は、専属アシスタントのアンジェラ・ケリーと衣装のフィッティングをしている際、ABBAの『ダンシング・クイーン』に合わせて体を揺らすこともあったそうです。

エリザベス女王のお好きな音楽のジャンルや、時代、ダンスがわかりますね。

#9『ジョーク好き』

ある日のこと。バルモラル城で護衛官と散歩していたエリザベス女王のお姿は、ツイードのコートにヘッドスカーフという、カントリー風のカジュアルな装い。

Marco Secchi / Getty Images

あるアメリカ人観光客のグループが女王に対し、「女王陛下にお会いしたことはありますか?」と質問。すると女王は「いいえ、でも彼は会ったことがあるわ」と言いながら、その護衛官を指さされたのです(笑)

また、女王は、英国最大の駐車場事業会社ナショナル・カー・パークス(NCP)の創設者、ドナルド・ゴスリング卿の少し下品なユーモアの大ファンだったそうで、ある時、彼がニュートン・アボット競馬場の2時30分のレースに出走する馬に、調教師がバイアグラを飲ませるという下品なジョークを語り始めました。
国防大臣が急いで口を挟み、オチを止めようとしましたが、女王陛下は大臣を叱りつけ、ゴスリング卿にジョークを最後まで繰り返させました。そのオチは、激しい競走に打ち勝つことに関連した内容だったそう。

ご自身では決して下品なお言葉は口にされないけれど、愛する夫フィリップ殿下のお口の悪さもしかり、お聞きになるのはお好きだった模様のエリザベス女王。ユーモアのセンスは知性の象徴。困難な時も、これで乗り越えていくのが英国王室というものです。

#10『超側近との関係』

Anwar Hussein / Getty Images

60年以上にわたり、エリザベス女王の右腕であったボボは、毎朝陛下の寝室にお茶を運んでいました。しかし唯一の例外があり、それはボボの誕生日。その日だけは女王が、愛する友人の元へ、ご自身でお茶を届けに行かれたそうです。
国民のみならず、最も身近なスタッフに対する思いやりこそに、エリザベス女王の心根の優しさを感じます。

※この記事は、2026年4月21日時点のものです。

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