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中村鴈治郎さん「“国宝”坂田藤十郎の『曽根崎心中』を100年先に残したい」<シネマ歌舞伎公開>

  • 2026.4.20
©松竹

実際の心中事件を題材に、近松門左衛門が描いた傑作『曽根崎心中』。長く上演が途絶えていましたが、歌舞伎では1953年に宇野信夫の脚色・演出、二代目中村鴈治郎の徳兵衛、二代目中村扇雀(のちの人間国宝・四代目坂田藤十郎)のお初によって復活上演されました。

当時“扇雀ブーム”を巻き起こした純愛物語は、第49回(2026年)日本アカデミー賞10冠を達成した映画『国宝』でも重要なシーンを担い、話題をよびました。

その名作がシネマ歌舞伎となり、全国の映画館で上映中です。収録されたのは、藤十郎さんがお初、当代鴈治郎さんが徳兵衛を勤めた、2009年4月歌舞伎座の舞台。

自ら映像の編集にも携わり、『国宝』では歌舞伎指導も務めた鴈治郎さんに、シネマ歌舞伎に込めた思い、『曽根崎心中』の継承、そして父・藤十郎さんについて語っていただきました。

父のお初から感じた、女方の芸

─2009年4月は「歌舞伎座さよなら公演」で、夜の部の最後の演目でした。何か印象に残っていることはありますか。

四代目坂田藤十郎さんが演じるお初。シネマ歌舞伎『曽根崎心中』より ©松竹

この時にかぎらずですが、とにかく父のお初の可愛らしさですよね(笑)。最初の『生玉神社』の場面で、暖簾からぽっと飛び出してくる時のキラキラした目、嬉しそうに“徳さま”と呼ぶ声。もうあれだけで、一気にお初と徳兵衛の世界にいけます。

この上演時、父は77歳でしたが、台詞でお初が「19歳」と明かされても、客席からはくすっという笑い声も起きない。お客さまを納得させてしまう若々しさがありました。

─シネマ歌舞伎には、その可愛らしさが詰まっています。最後の心中の場面でも、お初が徳兵衛に短刀を手渡すときの渡し方や、純粋な表情がお初そのものです。

あれも、ずるいよね(笑)。最初から最後まで、初々しい。あんなふうに演じても全くいやらしくならないのが“女方の芸”だと、今回編集協力として携わり改めて感じました。

─編集では、どんなところを大切にされたのでしょうか。

父のお初をできるだけ綺麗に見せること、ですね。他の人が台詞を言っている時も、その人ではなく、お初の表情に寄ったり。当時「歌舞伎座さよなら公演」だったということもあり、6台のカメラで撮影されたものが残っていて、多角的な視点で父の姿が捉えられている。

シネマ歌舞伎『曽根崎心中』より ©松竹

この舞台が撮影されていて、本当によかったと思っています。舞台の芸術って本来、後世に残らない。見ている人の心の中だけに残る、儚いものです。映画『国宝』に携わったから、余計にそう思うようになったのかもしれません。

極端なことを言えば、50年後に『曽根崎心中』といったら、(舞台ではなく)吉沢亮さんと横浜流星さんが演じた映画が残っているかもしれない。そう感じていた時にこのシネマ歌舞伎のお話をいただいて、ならば編集も、という気持ちになりました。父のお初が100年先も残っていくかもしれないと思うと、嬉しいですね。

血か芸か ── やはり芸です

─『国宝』では歌舞伎役者の吾妻千五郎を演じ、歌舞伎指導も担われました。

吉沢さんと横浜さんに参考として渡したのが、まさにこの時の舞台映像。二人のお初の手本は父なんです。彼らは映像を繰り返し見て、一所懸命稽古に励んでくれました。

正直、最初に『曽根崎心中』をやると聞いた時は、李(相日)監督に「いくらなんでも無理ですよ」と言ったんです。芝居で女方を演じるのは、想像をはるかに超えるほど難しい。それでも二人は精一杯に挑み、自分たちの『曽根崎心中』を作り上げていった。

─その精一杯が多くの人の心を打ちました。

そうですよね。お初と徳兵衛のドラマが、映画のなかの喜久雄(吉沢)と俊介(横浜)にかぶさってくるようにできていて。この演目を選んだ、李監督のすごさを感じました。

─映画ではお初の代役が芸の継承を象徴する重要な場面となっていますが、鴈治郎さんも大学生の時にまさにその代役を経験されています。

当代中村鴈治郎さん演じる徳兵衛。シネマ歌舞伎『曽根崎心中』より ©松竹

1980年12月の南座顔見世ですね。祖父(二代目鴈治郎)が体調を崩し昼の部を休演することになり、見舞いのために新幹線で京都へ向かっていたところ、夜の部の『曽根崎心中』も休演が決まり、急遽、徳兵衛の代役として白羽の矢が立ったんです。もう“やるしかない”。無我夢中でした。

終演後、父と病院に向かったら、祖父が「そろそろ行かなあかんな」と楽屋へ行こうとしたことは鮮明に覚えています。父が「智太郎(本名)が代役をして、無事に終わりました」と伝えたら、「できるわけないやないか!」と顔を背けた。

初孫で可愛い可愛いと言ってくれていた祖父が、いっさいこちらを見ない。すごいな、と思いましたよ。これが歌舞伎役者なんだ、と。

─そのお話がお祖父さまが78歳の時。その後しばらく上演されていません。

次に僕が徳兵衛を勤めたのは、祖父が亡くなった後です。でも何度か勤めると、今度は父が徳兵衛に僕を使ってくれなくなりました。実力が足りないという判断だったのでしょう。

『国宝』でも血か芸か──が大きなテーマとなっていますが、やっぱり、芸です。血があることでチャンスが巡ってくる機会は多いですが、でも、芸なんです。

しばらくして、父が徳兵衛に指名してくれ、家の芸でもある『封印切』で「(敵役にあたる)八右衛門、おまえがやりなさい」と言ってくれた時は、ようやく認められたんだ、と嬉しかったですね。

『曽根崎心中』を古典として残したい

シネマ歌舞伎『曽根崎心中』より ©松竹

─この3月の南座では、ご長男の中村壱太郎さんがお初を勤め、『曽根崎心中物語』として新しいかたちで上演されました。鴈治郎さんはその監修をされています。

上演時間の関係もあり、これまでの宇野信夫先生の脚本ではなく、改めて近松の原作を読み込みながら構築していきました。

心中までの道行をしっかりお見せしたいと考えていたところ、最後の「曽根崎の森」の美術がとても素敵にできあがってきた。それを活かす形で、ラストシーンは2バージョン作ったんです。

そして、もう一つ。これまでは『曽根崎心中』というと、“お初の物語”という印象が強かったのですが、そこから一歩踏み込み、徳兵衛のドラマも伝えたかった。お客さまに対してはもちろんですが、俳優の方たちに徳兵衛も演じてみたいな、と思ってもらえるような芝居を目指したんです。

─この公演では、壱太郎さんと尾上右近さんがお初と徳兵衛をダブルキャストで勤めました。

しかも一日二回、三回公演の時もあって。二人とも、どうかしてますよ(笑)。この作品は祖父から四代にわたって継承されていますが、決して成駒家だけのものではないと思っています。

むしろ、いろいろな方に演じてほしい。そうなって初めて、『曽根崎心中』が古典として残っていくんだと思っています。

─以前、鴈治郎さんもお初を演じてみたいとおっしゃっていましたね。

やってみたいですね。いつか、一世一代で(笑)。父は一世一代と謳った後、“アンコールにお応えして”といって、その後100回くらい演じているんですよね。生涯1,401回。それだけ特別な役だった。

僕が徳兵衛を代役で初めて勤めたのは21歳。父がお初を初役で勤めたのと同じ歳なんですよ。壱太郎にしても、19歳のお初を19歳の時に挑んだ思い入れのある役。それぞれにとっての節目節目に『曽根崎心中』があります。

2026年は父の七回忌を迎える年。同じ年にシネマ歌舞伎となったのも何かの巡り合わせを感じます。きっと、父は喜んでいるはず。初めて親孝行ができたかな、と思います。

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なかむらがんじろう〇成駒家。1959年生まれ。四代目坂田藤十郎の長男。67年、中村智太郎を名乗り初舞台。95年、五代目中村翫雀を襲名。2015年、四代目中村鴈治郎襲名。その披露興行を大阪松竹座でスタートするなど、上方を象徴する名を継ぐ思いが深い。和事のやわらかさはもちろん、愛嬌も兼ね備える。

▶中村鴈治郎さん、中村扇雀さんが語る上方歌舞伎|和事の名作

■シネマ歌舞伎『曽根崎心中』

©松竹

あらすじ/深い絆で結ばれた平野屋徳兵衛と遊女お初。しかし、徳兵衛が友人に大金を騙し取られたことで、窮地に追い込まれます。絶望の淵に立たされた二人は「死ぬる覚悟」を決め、来世で添い遂げることを誓い、手を取り合い曽根崎の森へ─。

東劇、新宿ピカデリーほかにて全国公開

※2026年4月26日(日)より、東劇など一部上映劇場で日本語字幕付き上映を実施。詳細はこちらからご覧ください。

料金/一般2,500円、学生・小児1,500円(税込)
作/近松門左衛門
脚色・演出/宇野信夫
出演/坂田藤十郎、中村鴈治郎、
坂東竹三郎、松本錦吾、中村亀鶴、
中村芝翫、片岡我當 ほか
収録舞台/2009年4月歌舞伎座
上映時間/99分
製作・配給/松竹

取材・文=大木夏子 編集=井本茜(婦人画報編集部)

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