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「母親ならそれくらいできて当然」昭和の価値観を持つ義両親の圧力に追い詰められていく…女の幸せについて問いかける物語【書評】

  • 2026.4.18

【漫画】本編を読む

『母親だから当たり前? フツウの母親ってなんですか』(龍たまこ/KADOKAWA)は、そのタイトル通り、社会の中で「普通」と思われている「母親」「妻」「女」への昭和な価値観に押しつぶされそうになる女性の姿を描いた物語だ。

地方都市で専業主婦として暮らす主人公のあかりは、夫・平太と娘・未来とともに平凡ながらも幸せな日々を送っていた。しかし夫の両親と敷地内同居を始めたことから、彼女の日常は少しずつ居心地の悪いものへと変わっていく。義両親は優しい人たちで、最初は「うまくやっていける」と思ったあかりだったが、義母の何気ない言葉や義父の昔ながらの価値観に精神的に追い詰められていく。「母親ならそれぐらい当たり前でしょ?」「妻ならこうするもの」という目に見えない圧力が彼女の心に重くのしかかる。

義母は家事や育児に熱心で、いつもあかりの行動を気にしている。毎日のように料理を届けてくれたり、娘の世話をしてくれたりすることは本当にありがたいことなのだが、それがいつしかあかり自身に「できない母親」「普通じゃない妻」という思い込みを生む原因になる。義母の優しさの裏側に、「フツウの母親像」を押し付けられていることに気づいてしまうのだ。

あかりは子育てと家事に向き合う毎日の中で息苦しさを感じるようになり、次第に「家庭から逃げ出したい」という思いを募らせていく。義母のようにできない自分への劣等感も加わり、あかりは短時間のパートに出ることを決意する。ところが今度は子どもの預け先が見つからず、話は思うように進まない。自分らしく生きようと踏み出すのも簡単ではなく、あかりは新たな悩みに直面する。

誰かが決めた「当たり前」に縛られるあかりの苦しむ姿に、現代においてもいまだに残り続ける「フツウの母親像」に苦しんでいる人は大いに共感できるだろう。現代の母親の幸せとは何かを考えさせられる作品だ。

文=ゆくり

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