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「男はなぜ『刃牙』に憧れるのか?」 紗倉まな×鳥トマトが解き明かす、理解不能な“父性”と厄介な“母性”のトリセツ

  • 2026.4.15

「イクメン」や「理解のある彼」という言葉が遠くなっている。やはり男性が女性を真に理解するということは、空論に過ぎないのかもしれない。

紗倉まなの新著『あの子のかわり』は、立場の異なる主人公・由良、親友・有里奈、そして愛犬・ハリエットを通じて、「母性」が婚姻や出産、そして生殖能力からも切り離されうることを示唆する。

では「母性」とは何か。そして、それは性別を超えるものなのか――。

本作をめぐって紗倉まなと、東京に生きる男女の心の深層を描く漫画『東京最低最悪最高!』の作者であり小説家でもある鳥トマトが対談。

同年代のふたりが議論の末に浮かび上がらせたのは、推し活を駆動させる“おせっかい欲”の正体だった。

男性は共感できない?

――『あの子のかわり』、素晴らしい作品でした。ただ登場する妊娠を巡る女性たちの分断からラストシーンに至るまで、物語の大筋においては男性の共感が難しい気もします。安易に「わかる」と言ったらウソになってしまうような。

紗倉まな(以下、紗倉):確かに男性は辛い立場に置かれやすいかもしれません。安易に「わかる」と言っても怒られるかもしれないし、「わからない」と言えば他人事・無責任と捉えられてしまいかねない。ただ主人公・由良の暴走しがちで完璧主義な思考は性別とは関係のないものなので、男性でも共感してくださる人はいるかもしれません

鳥トマト(以下、鳥):「俺ならもっと愛せるのに」って思いながら読む人もいるかもしれません。由良ちゃんの旦那くん、甲斐性が足りないよ(笑)。もちろん「甲斐性が足りない」という発言が許されないことも含め、時代性なんですけど。

――鳥さんは男性目線の漫画も書かれています。どう想像するのでしょう?

鳥:僕は老若男女、あらゆる人の悪口を聞くのが好きなんです。例えば、場末のスナックでおじいちゃんから「俺の若いときは家族全員を養って大変だったよ」みたいな話をされても、あまり共感できないじゃないですか。でも、その人と話自体は面白い。そういう感じで男性も読めるはず。

紗倉:わかります、共感がなければ面白くない、というものではないと私も思っています。ただ読み手としてはその作品の性別をなんとなく勝手に考えてしまうことはありますよね。鳥さんが描かれた『東京最低最悪最高!』では作者の方は男性なのかな、と感じたんですよ。読み進めると途中から、ここまで女性の社会や異性から与えられる抑圧や苦しみを理解しているから、女性の方かもしれないなとまた勝手に考えたり。

でも、いきすぎた女性蔑視の流れで女装を始める男性や、ミソジニーでDVするキャラも出てきたりもする。鳥さんは作者として両性の気持ちを持っているのかもしれないな、と。片方の性の価値観に収まらずに常に揺れ動いて書けるというのは、作品作りにおいて大事なことだなとも思いました。

鳥:そこはコンプレックスでもあります。紗倉さんの本を読むと、女性が書いている感じがすごくする。よくも悪くもかもしれませんが。でも普通にめちゃめちゃ才能だと思います。

子なしの毒親が増えている

――本作の鍵となる要素として「母性」があります。それについて、おふたりの考えていることを教えてください。

鳥:僕の考える「母性」は「愛するものを整えたい」という概念。本作でいえば「犬を綺麗にしてあげたい」、「旦那くんの生活を整えてあげたい」、「メイクアップアーティストとして相手を自分が思う形の美に整えたい」みたいな。

紗倉:とすると、母性って完璧だと思わない状態の何か・誰かによって掻き立てられる庇護欲みたいなものなんでしょうか。逆の立場からすれば「いや、別に自分は整えてもらわなくて平気だけど」という人もいるはずじゃないですか。赤ちゃんじゃない限り。

そこには、自分にとっての相手は、自分が思う完全ではないという押し付けがありますよね。愛とエゴが紙一重であるようで危うさを感じる。完璧なまでに整えようとする精神には、こちら側の要求があるわけで、暴力性が潜んでいることもある。

鳥:それが本作の帯文で金原ひとみ先生が「狂気」と書かれてるところ。由良ちゃんは友達のことを知りすぎたがゆえに、自他境界が曖昧な状態になっていますよね。

――思春期に母親に対して感じる疎ましい感情を抱くのは、それが原因なのかもしれません。

鳥:実は僕も子どもができたら母性が出るかな、と思ってワクワクしてたんです。でも一切、何も生じませんでした。だから普通に生まれ持った気質かなと。

それに母性を持った男性もいると思うんですよ。アニメ映画『ヴァージン・パンク』は、おじさんが児童養護施設の子どもをさらって自分好みの女の子に育てるんです。性的な目的はなく、ただ自分の望むような可愛いドールにしたら満足という。おじさんの歪んだ母性。

紗倉:鳥さんは推し活をどう見ていますか? あれは男女差がなく、推している対象を神聖化したり、先ほど話したように、くすぐられる庇護欲は母性のようにも見えます。

鳥:今、流行っているアイドルのバスツアーの空気が、保護者会なんですよ。ご近所さんへの「うちの子がお邪魔したみたいで、すみませんね」みたいな、おせっかいパワーを感じます。それを他者が推し活として発揮するのは奇妙ではありますね。

紗倉:「うちの子」って、よくいいますよね。そのような推し活を見ると、母性は男性にもあるのではないかと思えますよね……。一方で、自分の子どもみたいな気持ちで推しを見続けて過熱する、毒親が増えているようにも感じます。

鳥:でもオタ同士が連携してハッピーコミュニティになるなら、悪いものでもないような。程度の問題ではないですか?

紗倉:少なくともアンガーマネジメント的な、「母性マネジメント」が必要になってくるような……。「3秒待ってから母性出せ」みたいな(笑)。

鳥:だから『あの子のかわり』の終盤で由良ちゃんと有里奈ちゃんがぶつかるシーンは、健全なんですよ。友達や家族に「庇護欲が出すぎ」って言えなくなったら終わりじゃないですか。

男はなぜ『刃牙』が好きなのか?

――反対に父性についてはいかがですか?

紗倉:母性は理解できるなと思うんですけど、父性は全然わからなくて。

鳥:男性の気持ちを熟知している印象だったので、それは意外でした。

紗倉:恋愛対象として気になるのは、いつも母性があるように見える男性ばかりなんです。父性が強い男性を書けないのは、私の中で理解しきれていない性質だからだと思います。

鳥:父性は「俺は俺、お前はお前」みたいな感じがします。映画『スター・ウォーズ』は父を殺す話ですが、アナキン・スカイウォーカーは父として成立しています。

紗倉:ああ、獅子(ライオン)の子落としみたいな話ですか?

鳥:そうですね。父性って「俺の背中についてこい」的で、目指すべき正解に至れなければ、自分の息子でも切り捨てる。子どもだからという理由で免許皆伝をしないイメージ。

紗倉:つまずいたり転んだりして、ゴールにたどり着けなかった時点で切り捨てるのが父性。転んだのを見てケアして一緒に走るのが母性みたいな。

鳥:たぶん、そうじゃないですか。

紗倉:それで言うと、私は父に父性でかなり切り捨てられたなと思います。だから共感できない、したくないと思っていたのかもしれません…。あと高専時代、男子が多くてホモソーシャルな環境だったんですけど。みんな漫画『グラップラー刃牙』に憧れるのが謎で。

教室の後ろに全巻並べてあって、隣には上戸彩さんのグラビアポスター。わかるなあ、と思えたのはマジで上戸さんのポスターだけでした(笑)。

鳥:『刃牙』はまさにですね。少年漫画の父親はいきなり失踪して、そのポジションに息子が到達したときに帰ってきがちじゃないですか。それからやっと戦えるという。

それが父性なんだよな……。 答えがあるし、わかりやすい。でも母性はどこにあるかもわからないし、自分からも湧いてき得るし、人からも受け得る。

紗倉:それでも私はやっぱり母性のほうが共感できる分、手懐けるのが厄介でした。だからこそ振り返るし、追求したくなる。30数年かかりましたが、父親の言動もようやく理解できた気がします。

どちらに愛を感じるかは人によって違うと思うんですけど、そうなると個人の性癖も関係してきますよね。鳥さんの漫画からもたまに性癖を感じるのですが、それがよい……。

鳥:アート自体が性癖の発露みたいな感じですからね。それを何とか商業ラインに乗せるのがアーティストの使命。でも母性と同じく用法用量を守らないとオーバードーズするので注意が必要です(笑)。

AIが示す作品と作家の非分離性

――今は映像&音声時代とされ、AIによって文章は民主化されたとも言われます。そんな過渡期にあって、おふたりは文章の価値をどう考えていますか?

鳥:漫画はキャラクターがいるから、セリフから自分が飛び出すことはないけど、文章は人の内面を書くのでダイレクトに自分の考えが出る。だから生き様大会みたいな感じで文章を書いてます。作品って作者の生き様が出るじゃないですか。だから本人の人生が面白くないと、致命的に面白くならないんですよ。

紗倉:私はいつも自分の姿なしに、ただの本として読んでもらいたいんですよ。でも鳥さんがそう仰ってくださると、一概に悪いことではないのかもと希望に感じます。

鳥:やっぱり、面白くしようとテクニカルに描いたものは、読者に見抜かれる。自分の欠損を埋めようと描いた作品のほうが共感してもらえることが多いです。

紗倉:共感してもらいたい、という気持ちは別に強く持っていないのですが、自分の空虚な思いや面白いと思ったことを書いたほうが、意外と「わかります」と言ってもらえたりする。そう考えると誰かの共感って、作品にその人自身の人生を見い出したときに起こるものなのかも。

ただ売れる作品を見ると、展開が豊富にあって。人は死ぬし、泣き叫ぶし……。でも私がそれを書くとしっくりこないんですよ。それを書くことは自分に許されない、みたいな。

鳥:いきなり主人公が夫を殺すとか、犬がガブッと噛みつきまくるとか。でも読者に「模範解答はこれです」とか「こう思ってください」というエンタメが圧倒的に多数ななか、「問いを持ったまま生きてもいい」という救いが紗倉さんの小説にあると思いました。

裏を返せば、紗倉さんみたいな小説を書ける人は他に誰もいない。逆に紗倉さんもまた自分以外のものを書くことができない。謎の縛りですよね。でも、それを得ることで文学力は高まっていく。

紗倉:その縛りによって得られるものがある、書けるものがある、ということなんですかね。

鳥:その作品がどうやって作られたのかを読者は見ています。この文章が生まれるだけの、人生があったことへの感動なのかもしれません。筒井康隆さんの『創作の極意と掟』に「文には色気が宿るべし」というようなことが書いてありますが、やっぱり人が出るんですよ。

――AIに頼れば頼るほど、作家性がない文章が増えていく。普遍的かつ現代的なテーマですね。

鳥:生成AIとの圧倒的な違いはそこですよね。ニュースなら全然いいと思うけど、実在する人間性が宿った文章と精度が高いだけの文章は違う。AIで書いたものに感動する部分はあるかもしれないけど、感動した先に誰がいるのかわからない。

紗倉:文章に救われたい人からすれば、「無を食わされた」気分になりますね。AIでしたって言われた瞬間に、盛大な肩透かしにあったような、そこに血が通っていなかったような虚無感を味わってしまう。好きな作家はやっぱり調べてしまうし、その作品が好きだというのは、作者に対する興味でもあるってことですよね。そこは切り離せないなと今日は確認できました。

鳥:だから紗倉さんが「私の言いたいことは絶対にこれ」という強い思想が見つかったら、必ず書いたほうがいいですよ。

紗倉:正直、悩んでるんです。作品で自分自身の主張はどこまですべき、留めるべきなのか。自分の存在を主張することが逆に作品にとってノイズとならないかって。

鳥:死ぬまで見つからないかもしれないし、やっていくしかない。僕も今のところ自分の核が見つかっていません。見つかったと思ったら違ったんですよ。だから今しょんぼりしてます(笑)。自分にとって「俺の核はどこだ?」と掘りまくるのが小説や漫画を作る試み。

それに紗倉さんの全登場人物を守ろうとしながら瓦解していく物語からは、思想ではないけど努力と葛藤が伝わってくるんですよ。それを伝えることが小説の役目では。作家は誰しも自分の思想をまぜまぜしているような気がします。

紗倉:作家の核となる書きたいこと、思想みたいなものは変わらずあって、どのような形で表出するかだけの違いなのかもしれませんね。鳥さんの作品にも一貫する核がある。その核を見つけたくなっていく。それが読み手の楽しみのひとつでもあるんでしょうね。

鳥:だから紗倉さんの次の本もずっと楽しみにしてます。

紗倉:ありがとうございます。

Profile/紗倉まな
1993年、千葉県生まれ。作家・A V女優。国立高専在学中の2012年にソフト・オン・デマンド(SOD star)からAVデビュー。著書に小説『最低。』(瀬々敬久監督により映画化&東京国際映画祭コンペティション部門ノミネート)『凹凸』『春、死なん』(第42回野間文芸新人賞候補)『ごっこ』『うつせみ』(第47回野間文芸新人賞候補)、エッセイも多数。最新刊は今年の2月に発売された小説『あの子のかわり』。
Instagram:@sakuramanateee
X:@sakuramanaTeee

Profile/鳥トマト
マンガ家。たまに小説家。現在「ヤングアニマルZERO」で漫画『二月に殺して桜に埋める』、「月刊まんがライフオリジナル」で漫画『私たちには風呂がある!』、「週刊SPA!」で小説『まだおじさんじゃない』を連載中。その他の著書に『東京最低最悪最高!』『アッコちゃんは世界一』『幻滅カメラ』など。
Instagram:@tori.the.tomato
X:@tori_the_tomato

書籍情報

紗倉まな『あの子のかわり』
発売中
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309032498/

書籍情報

鳥トマト『二月に殺して桜に埋める』
5月29日発売
https://www.hakusensha.co.jp/comicslist/78652/

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