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「教員は、倍率20倍よ」姉の夢を阻もうとした母。20年後 → 教師になった姉と気づいた【母の気持ち】

  • 2026.4.14

子どもの進路を前にすると、親はつい「心配」が先に立ってしまうものです。今回は、学生時代の姉の進路選択をめぐる母とのやり取りを通して、家族の愛情について感じたことをつづっています。

画像: ftnews.jp
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倍率を理由に、心配する親

姉は学生時代、教師になりたいと考えていました。子どもが好きで、人に教えることも得意。自然な夢だったように思います。

けれど進路の話をしたとき、母は少し表情を曇らせました。

「教員は、倍率20倍らしいよ。とても大変よ」

応援というより、不安の気持ちが強いようでした。難しい進路を選んでほしくない。そんな考えがあったのかもしれません。

それでも変わらなかった、姉の気持ち

しかし、姉はブレませんでした。教員免許を取得し、採用試験に挑戦しました。

のちに聞いた話ですが、実際の倍率は4倍ほどだったそうです。当時聞いていた情報は、少し誇張されていたのかもしれません。

それでも姉は、誰かに背中を押されるというより、自分で決めて進んでいきました。

実際に働いてみたら

無事に教員として採用され、両親はとても喜びました。公務員として働く娘を誇らしく思い、応援していました。

そして今、姉は教師20年目。「忙しいけど、やりがいがあるよ」と笑います。

大変なこともあるけど、やっぱりこの仕事が好き。
その言葉は、迷いのないものでした。

20年後に聞いた本音

先日姉と話していたとき、ふと当時の話になりました。「結構、反対されてたよね?」と私が言うと、姉は笑いながらこう言いました。

「うん。でもね、あのときお母さんは、心配だっただけだと思うよ」

確かに、親として夢を否定したかったわけではありません。ただ、娘が苦労するかもしれない未来を想像して、怖くなったのだと思います。

母の心配は、愛情だった

親はどうしても、うまくいかなかった場合を先に考えます。最悪の事態を想定し、それを避けようとします。

でも未来は、やってみなければ分からないものです。

姉が教師として歩んだ20年を見ていると、あのときの母の心配も、姉の覚悟も、どちらも間違いではなかったのだと感じます。

心配することも、応援することも、どちらも愛情の形。あのときのやり取りがあったからこそ、今の姉の姿があるのかもしれません。

そう思うと、あの時の「倍率20倍よ」という言葉さえ、少しあたたかく感じられるのです。

【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。

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