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半世紀を経てなお輝きを増す『悪魔のいけにえ』 “地獄の入口”が導く怪奇趣味と世俗風刺――底なしの魅力を考察する

  • 2026.4.11
ドキュメンタリー映画『チェイン・リアクションズ』より (C)2024 QBPIX LLC width=
ドキュメンタリー映画『チェイン・リアクションズ』より (C)2024 QBPIX LLC

1974年の製作から半世紀を経てなお、色褪せないホラー映画の金字塔『悪魔のいけにえ』。日本初公開時には偏愛を込めて「面白い邪劇」と評されつつも、ビデオやDVD、ブルーレイとメディアの変遷とともに新規ファンを獲得。先頃も『悪魔のいけにえ 4Kデジタルリマスター 公開50周年記念版』が劇場リバイバル上映され、新たな観客(いけにえ)の脳裏に生涯消えない戦慄を刻み込んだ。監督のトビー・フーパー自身が「二度と作れないし、作る気もしない」と語った異様な衝撃は、歳月とともに輝きを増すばかりだ。そんな伝説の傑作を解剖・分析するドキュメンタリー『チェイン・リアクションズ』(2024年)がこれまた面白い。作品考察だけで別の映画をもう1本、成立させてしまう大胆不敵な『悪魔のいけにえ』。その底なしの魅力とは何か、ひも解いていきたい。

【写真】肘かけに“人の手”・・赤い壁には大量の動物の骨 『悪魔のいけにえ』の美術

■ヴィジュアル:美しい外観と醜悪な内部、人間を呑み込む地獄の口

ホラー映画の肝となるのは安穏とした日常から、何でもありの恐怖が潜む異世界へと観客を引き込む手管だ。『悪魔のいけにえ』では田舎の農地に建つ白壁の一軒家を訪ねた青年が、玄関先で薄暗い廊下の奥にぽっかりと空いた異様な赤い空間を目撃。そこから聞こえる奇妙な物音に誘われるように邸内に足を踏み入れ、最初の犠牲者になる。

『チェイン・リアクションズ』は、犠牲者を呑み込むこの深紅の空間を「地獄の入口」と読み解く。トビー・フーパー監督がスティーヴン・キングの原作を映像化した『死霊伝説』(1979年)にも、吸血鬼の棲む館の廊下に動物の骨を飾った赤い壁があり、『ポルターガイスト』(1982年)では狭いクローゼットに開いた霊界への通路が少女を呑み込んでしまう。

フーパーの映画にはまるで無邪気な童話から飛び出したような「地獄の穴」がそこかしこに開いている。監督は幼い頃、父親の経営するホテルで8ミリ映画を撮っていた。彼にとって、日常空間を一歩踏み越えた先、例えばドアの向こう側を別世界に見立てる「ごっこ遊び」の目線は、自然と怖い映画作りの原点になっていたのではないだろうか。

『悪魔のいけにえ』にはもうひとつ、忘れ難いショットがある。いけにえ屋敷の庭先でブランコに腰かけた女性が、ボーイフレンドが襲われた物音を耳にして、無防備に館へ近づいてゆく。その姿をローアングルから捉えた移動ショットだ。画面の上部には抜けるような青空が広がり、静かに揺れる緑の木立の奥に白い屋敷が現れる。絵葉書のように美しい夏の原風景。だが、その扉を一歩くぐると、邸内は床一面に死骸が散らばり、骨と皮で組み上げた調度品が並ぶ居間が現れる。そして、深紅の口腔の先はまさに“悪魔のはらわた”。人体と同じく美しい皮膚を剥ぐと、醜悪で混沌した内部が露呈する。扉一枚で激変するヴィジュアルは、恐怖へ急転する境界線として機能しているのだ。

■主題:理知的な世俗風刺と、理屈を超えた怪奇趣味

『悪魔のいけにえ』の物語を気楽な若いヒッピーと、食肉産業の近代化で失業した昔気質の職人一家の衝突と見る論考もある。これはトビー・フーパー監督も認めていて、1972年のリチャード・ニクソン大統領の政治汚職と、1973年のオイルショック(第一次石油危機)を踏まえ、うそと経済危機に揺らぐアメリカへの風刺を遠景に置いたという。

映画は(悪名高きエド・ゲインの猟奇犯罪に着想を得ているが)うそをつく政治家に倣って、敢えて“実話”風を装い、ガソリンが乏しくなったせいで文明を享受する都会人が安全な旅路を逸れ、前時代的な田舎の悪夢を目の当たりにする。そこは全てが共犯関係にあるような血縁の濃い閉じた社会。墓場で予言を呟く酔っぱらい、給油所で操り人形のように車窓を拭く作業員。不吉な予感と病んだユーモアが入り混じり、奇妙な緊張が張り詰める瞬間だ。

若者たちは次々と“いけにえ一家”に屠られてゆくが、唯一生き残った女性は終盤で再び、ガソリン満タンの車に飛び乗り、悪夢を振り切って逃げ延びる。フーパー監督は同じ設定を用いて、旅行客が偶然立ち寄った町外れの安宿で殺害される『悪魔の沼』(1977年)や、安全なカートから降りて、カーニバルのお化け屋敷で一晩を過ごす若者の恐怖体験を描く『ファンハウス 惨劇の館』(1981年)を撮っている。いずれも異なる環境に属する者たちの恐怖交流譚だ。

同時にフーパー監督は初期習作からずっと、神秘や怪奇、超常現象に目を向けてきた作家だ。『悪魔のいけにえ』には、若者たちの車に乗り込んできた“いけにえ一家”のひとりを「ドラキュラを拾ったな」と茶化す場面がある。

確かに彼らは吸血鬼のようだ。白昼の殺戮は全てを“死”が支配する屋敷内で展開し、一家が住む敷地では時空が歪む(庭には釘で打たれた時計がある)。夜になれば彼らは無敵だ。人の皮膚で作った仮面をつけた怪人が、唸るチェーンソーを手に踊り狂い、ミイラ同然の老人が美女の指から滴る血を吸う。果てしなく続く狂気の宴。ヒロインは必死に窓を突き破り、怪奇なホラー空間から早朝の現実世界へと舞い戻る。

フーパー監督の映画では、夜を跋扈(ばっこ)する魑魅魍魎は太陽が昇ると霧散する。明るいうちは、冗談や風刺が通じる理性に満ちた日常が続く。しかし、悪魔は夕暮れ時の闇に紛れ、再び獲物を求めて蠢き始めるのだ。

■作劇:恐怖と笑い、生々しいドキュメンタリー感覚と徹底して人工的な演出

『チェイン・リアクションズ』の本編でも頻繁に引用されているが、『悪魔のいけにえ』には大量のNGテイクがある。セミプロ現場の自主映画作品はとにかくショットをたくさん撮り、編集段階で厳選して体裁を整える。パッケージこそ大衆の好奇心をくすぐるキワモノ企画だが、粗製乱造の商業作品と違い、『悪魔のいけにえ』には成功を夢見て全力投球する若いフィルムメイカーの熱意と執着が全てのコマに刻み込まれている。

撮影から公開まで約1年、編集と音入れ作業はまるで儀式のように入念に行われた。安価な16ミリフィルムを用いながら、画作りは溜息が出るほどフォトジェニック。その端正な映像を病的に細かく切り刻み、気怠く弛緩したカントリーソングと耳を刺す不協和音をコラージュしたサウンドをはめ込む。この音楽の使用法はミニマルミュージックの名盤『チューブラー・ベルズ』のキャッチーな旋律と、ポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキの前衛音楽をミックスした『エクソシスト』(1973年)の“ホラーなサウンド作り”を連想させる。フーパー監督とウェイン・ベルが手がけた『悪魔のいけにえ』の音楽は、いわば『エクソシスト』をよりカジュアルに実践した結果ともいえよう。

キャラの過去や背景を過剰に説明する芝居を避け、無造作な殺戮をドキュメンタリー風に追う作劇は、それでも十分効果的。特に変人ぞろいの“いけにえ一家”の描写は、見直すほどに旨味が増す。稼ぎ頭の長男、奔放な放浪芸術家の次男に対し、留守を任された三男レザーフェイスは内気な引きこもり。予期せぬ来客勢を捌くのに四苦八苦、つい興奮してドアにチェーンソーで穴を開け、叱られる始末。おぞましいのに、妙におかしい。これもまた、正反対の要素が表裏一体となるアンビバレントな『悪魔のいけにえ』感覚のひとつだ。

映画の終盤、血が滲むような真夏の朝焼け空の下、レザーフェイスは狂ったようにチェーンソーを振り廻す。それは獲物を逃がした悔しさを体現する荒々しい仕草であり、同時に彼を待ち受ける最大の恐怖を前に迸(ほとば)る、制御不能な無言の叫びでもある。

レザーフェイスはおうちに帰らなくてはならない。間違いなく、激しい怒りに燃えるであろう家族たちが待つ、“悪魔のはらわた”のなかへ。とことん凄惨な惨劇を、徹底して人工的かつ繊細に構築してきた本作は、フィルムを引き千切ったように乱暴に幕を降ろす。

■『チェイン・リアクションズ』から探る、『悪魔のいけにえ』の唯一無二の魅力

『チェイン・リアクションズ』で語り部となるのはアメリカのモダンホラー作家スティーヴン・キングと、コメディアンのパットン・オズワルト、オーストラリアの映画評論家アレクサンドラ・ヘラー=ニコラス、映画監督の三池崇史とカリン・クサマら5名の著名人。

初めて『悪魔のいけにえ』と遭遇したショック、その斬新さと独創性、ジャンル映画批評にポップカルチャー論まで、様々な視点からホラー映画史に残る異色の名作を切り刻み、徹底的に愛でまくる。1本の映画が時代や国籍を越えて有形無形の影響を及ぼし、題名通り連鎖反応の如く大きな波紋を広げてゆく。その軌跡を辿る証言の数々は実に貴重だ。

さて、結局のところ『悪魔のいけにえ』が放つ、唯一無二の魅力とはなんだろう。僕は容易には輪郭が掴めない「得体の知れなさ」こそが鍵ではないかと感じる。作品のヴィジュアル、主題、作劇、それぞれに相反する要素が絡み合って乱反射し、理路整然とした考察をかき乱す。その問答無用な凄みを前に僕らは言葉をなくし、ひたすら圧倒されるしかない。才能、野心、センス、おそらくは偶然の奇跡も手伝い、誕生した神がかり的な映画。それが『悪魔のいけにえ』なのだ。(文:山崎圭司)

映画『チェイン・リアクションズ』は公開中。

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