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【穂村弘×鈴木晴香 対談】シリーズ最新刊ついに発売!『短歌ください 反対に回して篇』刊行記念対談

  • 2026.4.7

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号からの転載です。

『短歌ください』の連載も気づけば20年近くになり、単行本も6冊目。記念対談のお相手は、初期からの常連であり、プロの歌人としても活躍する鈴木晴香さん。『短歌ください 双子でも片方は泣く夜もある篇』(角川文庫)で解説も執筆し、穂村さんへの敬愛も強い鈴木さんに、短歌の魅力と今作でとくに印象深かった歌についてうかがいました。

穂村:今回のサブタイトル「反対に回して」は鈴木さんの【この部屋の鍵をあなたに渡しつつ「思うのとは反対に回して」】からです。鍵を渡すほどの関係性でありながら、相手が思うとおりに回すと開かないことを確信している。どんなに近しい間柄でも自分と同じではない、他者性を象徴しているのがいいなと思ったんですよね。部屋と言いながらそれは心の鍵でもあるんだろうな、と思うし、二人の間にどんな物語が流れているのか想像させてくれるところもいい。

鈴木:想像を可能にする余白こそが短歌の魅力だと思うんです。おっしゃるとおり、相手は圧倒的な他者ではあるけれど、逆に回すであろうことは確信している。そんな二人の経緯を省略するところに、味わいが生まれるのがいいな、と。

穂村:僕は結婚してずいぶん経つけど、いまだにお弁当を買うとき予測する「妻はこっちを選ぶだろう」が外れるんだよね(笑)。だから「こっちが好きだと思うけど、いつも外れるからきっとこっち」と思うと、やっぱり逆を選ばれる。その、どうしたって理解できないはずの他者性を体感できるのが短歌でもある気がするんですよ。たとえば百歳の人のもつ実感は、今の僕自身とはかけ離れていて聞いたところで想像すらできないんだけれど、短歌を介してなら、百歳の人の着ぐるみに入って、つかのま疑似体験することができる。

鈴木:五七五七七の型に言葉をとじこめた瞬間、これは現実ではなく詩の世界なんだ、と理解してもらえるのも短歌のいいところですよね。圧倒的な他者性みたいなものを表明しても「なんだこいつ」とは思われづらい(笑)。

「普通はこっち」ではないベクトルを向いた感性

穂村:【父親が轢き逃げされた日雪ではなくてわたしは雪がよかった】(シラソ)も短歌だから成立する感性だよね。轢き逃げされないのがよかった、ではなくて、おそらく雪の日なら美しかったのにということでしょう。確かに暗殺やクーデターには雪が似合うけど……。そういう、一般的な発想と異なるベクトルに感性が向かう短歌を美しいと思うんですよね。真逆じゃなくてもいい。「普通はこっち」と思い込んでいるものからズレるのって誰にでもできることじゃないけど、それこそが短歌の作法なのだという想いも「反対に回して」というサブタイトルには込めました。

鈴木:シラソさんは今作で無双モードに入っていますよね。【ガスタンク何者なのかわからずに見ていたころに戻ってみたい】も素晴らしかった。不可逆性というのもしばしば短歌に用いられるテーマだけれど、たいていなぜ戻りたいかの動機が読み取れるんです。でもこの歌に関しては、絶妙によくわからない。他人には共有できない価値がそこにはあって、社会性を帯びていない自分だけの世界を感受したいということなんだろうかと考えたり。そんなふうに、他者には伝わらない感性を見せつけられるのも短歌なのだなあと改めて思いました。

穂村:かつて常連だった木下龍也さんや岡野大嗣さん、そして晴香さんもそうなんだけど、選ぶことが増えてきた常連の人たちの短歌はできるだけ避けようとするフェーズがあるんです。またか、となってしまうから。でも、選ばざるを得ないですよね。このレベルのものが毎月大量に送られてくるんだから。でも、晴香さんは卒業宣言しちゃいましたね。次作にもまだ数首入る予定だけれど。

鈴木:木下さんや岡野さんなど、みなさん歌集を出したタイミングで卒業していたので、私もそうするべきかと思ったのですが「空気が読めるくらいなら短歌やってないぞ」と居座り続けました(笑)。でも、これからは穂村さんと本気で仕事がしたいと思ったので……。

穂村:そもそもどうして『短歌ください』に投稿し始めたんだっけ。

鈴木:穂村さんに会わねばならぬと思ったから(笑)。東日本大震災が起きたとき、夫の仕事の都合で大阪に引っ越したのですが、東京と違って賑やかな暮らしが当たり前に継続されていることに衝撃を受け、自分だけ逃げだしたような後ろめたさを抱えたんですよね。そんなとき、俵万智さんの『あなたと読む恋の歌百首』に出会いました。東北や東京で暮らす人たちを想う気持ちが、短歌の「あなた」に重なる気がして、救いを求めるように読み進めるなか、穂村さんの短歌を見つけたんです。

穂村 :【体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ】かな。

鈴木:あまりの素敵さに胸を打ちぬかれて。『短歌ください』に投稿すれば、一方通行のラブレターを送ることができる! と思いました。

いつどのページを開いても未知の感性を学べる入門書

穂村:震災やコロナ禍、今現在起きている戦争。その時々の空気感に触れたからこそ生まれる短歌というのもあるんですよね。これもシラソさんだけど、【戦争がおきてしまった世界一無意味な涙わたしの涙】には胸を打たれました。

鈴木:私は【ああ、こんなときにも空をきれいだと思っていいの 自転車をこぐ】(スギナ)が忘れられなくて。いくら不謹慎と言われても個人的な感情を抱くことは誰にも止められない。どんなときだって内側から生まれるものを歌にしていいんだと勇気づけられる気がしたんです。求められるあるべき姿から逸脱することを受容してくれると同時に、なんの動力がなくても自分の足で自転車を漕いで前に進むことができる心強さ。それが、鉛筆と紙すらなくても心に浮かべるだけで成立する短歌に通じるところがあるな、と。

穂村:戦争という言葉は使われていないけど、自分からは離れた場所で何か大きな苦しみが生まれているのだろうことはわかる。言ってしまえば、全人類……いや、全生物が欠けることなく幸せな状況なんてないのだから、時代の空気感をとじこめながらも、普遍的に人の心をうつ歌だなと思います。

鈴木:プロもアマも関係なく、自分ひとりでは得ることのできない感性に触れられるのが『短歌ください』。どうしたらこんな歌が思いつくんだろう、の宝庫なんですよね。私が今回、いちばん衝撃を受けたのは【すきなとき好きな棒から手を掛けよ正面のないジャングルジムは】(松本未句)。世間は、夢ややりがいをもつことを理想のように語るけど、現実はままならないことばかり。でも、私たちが求める「好き」は決して幻じゃない、現実に貫いていいのだと思わせてくれる象徴が、こんなにも身近に存在していたのか、とはっとさせられたんです。大袈裟な言い方になっちゃうけど、生きることの背中を見せてくれた一首でした。そういう導きに出会えるのも『短歌ください』の魅力ですね。

穂村:言われなくても、好きなときに好きなところから触れていたよね。正面がないなんて考えたこともなかったから、あえて言われるとびっくりしちゃう。

鈴木:この歌じたいが『短歌ください』をも象徴している気がします。ふつう入門書というと、型や技術を覚えて一ページずつ学んでいかなきゃいけないけれど『短歌ください』はいつどのページを開いても驚きに満ちていて、それこそ自分の心の鍵を反対に回す方法を教えてくれる。その教室の生徒であり続けられたことを、本当に、誇らしく思います。

穂村:卒業は残念ですが、今後、お仕事の場でご一緒できることを楽しみにしています。

取材・文=立花もも 写真=種子貴之

引用----

鈴木さんおすすめの短歌はこちら!

◎ガスタンク何者なのかわからずに見ていたころに戻ってみたい(シラソ)

◎ああ、こんなときにも空をきれいだと思っていいの 自転車をこぐ(スギナ)

◎すきなとき好きな棒から手を掛けよ正面のないジャングルジムは(松本未句)

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ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。

すずき・はるか●1982年、東京都生まれ。2012年、『短歌ください』への投稿開始、塔短歌会入会。歌集に『夜にあやまってくれ』『心がめあて』など。歌書に『ところで、愛ってなんですか?』がある。

『短歌ください 反対に回して篇』

KADOKAWA 1925円(税込)

「短歌ください」シリーズ続々登場!

『短歌ください 海の家でオセロ篇』

角川文庫 1078円(税込)

さらに穂村さんの世界を楽しむ一冊

『ヘンゼルとグレーテル』

(スティーヴン・キング:文 モーリス・センダック:絵

穂村 弘:訳/NHK出版) 2530円(税込) *4月24日発売予定

『かいじゅうたちのいるところ』のセンダックが生前のこした絵に、世界的ベストセラー作家スティーヴン・キングが文を紡ぐ、夢の組み合わせによる新しい「ヘンゼルとグレーテル」の物語。センダックとキングの濃密な世界を穂村弘の翻訳がさらに広げる。

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