1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「駄文で金稼げていいっすね」と心無い言葉を吐かれたこともあった。ライター業の苦悩・葛藤・喜びを描いた1冊『その手は明日を紡ぐために』【五十嵐 大インタビュー】

「駄文で金稼げていいっすね」と心無い言葉を吐かれたこともあった。ライター業の苦悩・葛藤・喜びを描いた1冊『その手は明日を紡ぐために』【五十嵐 大インタビュー】

  • 2026.4.7

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号からの転載です。

「この物語はフィクションであり、実在する人物、団体とは一切関係ありません」

本書では、そんなよくある注意書きに以下の一文が続く。

「しかしながら、主人公が直面する問題や葛藤、迷い、あるいはそこで得た喜びや希望などは、作者がライターとして活動してきたなかで実際に体感したものを下敷きにしています」

そう、『その手は明日を紡ぐために』は、小説家、エッセイスト、そして『ダ・ヴィンチ』などでライターとして活躍する五十嵐さんの半自伝的小説だ。出発点となったのは、ライターのお仕事小説を書きたいという思いだった。

「自分が働く業界を舞台にした作品って、気になってチェックしますよね。出版業界にも『校閲ガール』や『重版出来!』のような名作がありますが、ライターが主役の小説は意外となくて。それに、ライターは誤解の多い職業です。日本語が書ければ誰にでもできると思われがちですし、実際『駄文で金稼げていいっすね』なんてコメントをもらったことも。でも、ライターの仕事は取材して原稿を書くだけではありません。例えば作家の新刊インタビューなら、対象となる作品を読むだけでなく、過去の著作、インタビュー記事、SNSを読み込んで入念にリサーチします。決して誰にでもできる簡単な仕事ではありませんし、実際、僕の周りにいるライターさんたちは必死に努力をしています。こうした実態を伝えることで、ライターへの偏見をなくせたら、と。創作ではありますが、主人公の心の動きだけは現実に即して書きました」

作中では、主人公の伊賀紡を通してライター業の実情、さらにはこの仕事の功罪も語られていく。

「取材って、暴力的な行為でもあります。相手の考えや人生を、こちらが用意した企画に当てはめるわけですから。僕も取材を受けるようになり、こちらの意図とは違うまとめ方をされたことがあります。僕だって同じことをしている可能性があるし、だからこそ、できるだけ誠実に取材対象と向き合うしかないと思うんです」

五十嵐さんは、これまでの小説やエッセイでも社会的マイノリティに焦点を当ててきた。今回もその視点を通して、ヤングケアラー、クィア、ジェンダーギャップなどについて語られている。もちろん、耳が聴こえない紡の両親のことも。

「全編を通して社会問題を取り入れつつ、紡くんが障害のある親のそばにいるべきなのか、自分の人生を優先すべきか、その二極で揺れる姿を描きました」

やがて紡が選んだ未来とは。最後に彼の心に芽生えた思いは、五十嵐さん自身の決意表明のようでもある。

「僕は物書きとして抜群の知名度があるわけでもないので、時折、自分は誰からも必要とされていないんじゃないか……とくよくよ悩むことも多いんです。有名で人気もある書き手を見ては、羨んでしまうこともたくさんある。だから紡くんみたいに焦って、“大勢の人に求められること”ばかりを重視していた。でも、それだけが本質ではないと気づいたんです。この世界のどこかにいる、たったひとりの誰かに、書いたものが届くこと。その人の心をほんの少しでも揺さぶること。それこそが僕の求めていることなんじゃないかと。この小説で紡くんが辿り着いたラストを読んで、僕自身の呪いが少し解けた気がします」

フリーライターという少々珍しい職業について書かれているが、仕事や人生に悩んでいる人ならきっと共感を覚えるはず。

「自分の居場所がないと感じている人って、たくさんいますよね。今はSNSのフォロワー数や“いいね”の数など、数字で人の価値を測る傾向があります。でも、紡くんのように視点を変えて、誰かひとりにでも喜んでもらうことができたら、生きる価値を見出せると思うんです」

エッセイではなく、小説にしたことにも意味がある。

「僕は社会から取り残されている人たちや差別について書くことが多いのですが、こうした問題を直接訴えてもなかなか大勢には届きません。でも、小説なら登場人物に自分を重ねてつらさや苦しみを体感してもらえるし、読み終えたあとにその人の中で変化が生まれやすいと思うんです。だから僕は小説の力を借りたい。この作品も、ライターのお仕事小説という入り口ではありますが、自分ごととして読んでいただけたらうれしいです」

取材・文:野本由起 写真:島津美紗

いがらし・だい●1983年、宮城県生まれ。2020年『しくじり家族』でエッセイストとして、22年『エフィラは泳ぎ出せない』で小説家としてデビュー。24年、エッセイを原作とした実写映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が公開。26年3月、『しくじり家族』を『ぼくが見つめた、ふたつの指先』に改題して文庫化。

『その手は明日を紡ぐために』

(五十嵐 大/KADOKAWA) 2090円(税込)

耳が聴こえない両親のもとで育った聴者の子・伊賀紡は、自分のことを“ふつう”に見てもらえない環境に嫌気がさし、上京してライター業を始める。だが、両親を置いて逃げてきた自分への罪悪感は募るばかり。居場所を求める人たちに贈る、半自伝的お仕事小説。

元記事で読む
の記事をもっとみる