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「これ以上子どもを産みたくない」“避妊が違法”だった時代に2人の女性が仕掛けた“大勝負”とは?

  • 2026.5.15
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(C)サイエントーク / 科学のポッドキャスト

ポッドキャスト番組『サイエントーク/ 科学のポッドキャスト』は、研究者のレンさんと、イギリス駐在員のエマさんが科学の魅力を夫婦の会話に乗せて“エンタメっぽく”届ける番組。

2月9日の配信回では、「女性の科学界への進出」をテーマに、2人が深いトークを繰り広げました。今回ご紹介するのは、現代女性の人生を大きく変えた「ピル」の誕生秘話。活動家と投資家の女性コンビ、そしてメキシコのヤムイモが、まさかの形でつながっていく意外なストーリーです。

100年前のアメリカでは、避妊は「違法」だった

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

レンさんによると、19世紀後半から20世紀前半のアメリカでは、なんと避妊そのものが違法だったそうです。1873年に成立した「コムストック法」によって、避妊の道具を使うことはもちろん、「避妊」という考えを広めることすら法律で禁じられていたのだとか。エマさんも「結構最近まで違法だったんだ」と驚いていました。

この状況を変えようと動き出したのが、2人の女性でした。

1人目は、看護師のマーガレット・サンガーさん。望まない妊娠が貧困につながる現実を目の当たりにして、「女性は自分で決定する権利がある」と主張し続けた活動家です。避妊の教育をしようとして逮捕されたこともあったのだそう。

2人目は、生物学を学んだ大富豪のキャサリン・マコーミックさん。マーガレットさんの考えに共感し、「お金を出すから、ちゃんと避妊できる方法を開発しましょう」と申し出たのです。

いわば、活動家と投資家のタッグ。この2人が、研究者に「アスピリンのように簡単に飲めて確実に避妊できる薬」を作ってほしいと依頼したのが、ピル誕生のきっかけでした。

ピル開発のきっかけはメキシコのヤムイモ!?

依頼を受けたのが、生物学者のグレゴリー・ピンカス博士。この人が目をつけたのが、当時の最先端だった合成プロゲスチン(女性ホルモンに似た化学物質)の一つ「ノルエチノドレル」でした。 

注目すべきは、その原料がメキシコのヤムイモだったこと!1944年、化学者ラッセル・マーカーがメキシコシティで創業した会社(シンテックス社)が、メキシコのヤムイモから取れる「ジオスゲニン」を女性ホルモンに変換する画期的な方法を確立。この技術が世界中の合成プロゲスチン研究の出発点となったのです。

動物実験でこの物質を使うと、排卵を強制的に抑えられることが確認されていました。これを人間の女性にも応用できないか…と考えたわけですね。

面白いのは、もともとこの物質は「妊娠を助けるため」に研究されていたこと。それが、いろいろ試していくうちに「逆の効果があるのでは?」とわかってきたのです。

レンさんは説明しながら、「ヤムイモがきっかけで作られたものが、ここまで来るのは滅茶苦茶面白い!」と興奮気味でした。

プエルトリコでの臨床実験!表向きは「避妊のため」と言えず…

動物実験で効果が確認できても、薬として使うには人間での試験が必要です。ところが、ここでも大きな壁が立ちはだかりました。避妊が違法とされているアメリカでは、当然「避妊薬の試験」なんてできなかったのです。

そこでピンカスさんが目をつけたのが、アメリカの自治領(アメリカが管理している地域)であるプエルトリコ。当時のプエルトリコは人口爆発と貧困に悩んでいて、「これ以上子どもを産みたくない」という女性が多くいた地域でした。

1956年、ここでついに試験が始まります。ただし、「避妊のため」とは言えません。そこで使われた言い訳が「月経不順や不妊の治療のため」。薬で排卵を一時的に止めた人が、薬をやめた後に妊娠しやすくなるかを調べる…という名目で試験を進めたのです。

もちろん本音は避妊効果の確認。実際、避妊効果は99%という驚きの結果が出て、大成功でした。「当時の倫理基準では問題もあった」そうですが、ここでピルの有効性とある程度の安全性が確立されたのは事実です。

全米の女性が病院に殺到!こうして「ザ・ピル」は生まれた

1957年、アメリカの医薬品を管理する国の機関(FDA=アメリカ食品医薬品局)が、この薬を「月経不順の治療薬」として承認しました。興味深いのは、薬のラベルに注意書きとして「排卵を抑制するため避妊効果があります」と表示されていたこと。あくまで避妊は"おまけ"、いや、建前上は"警告"という扱いだったのです。

ところが、薬が発売されると全米の女性たちが「ひどい月経不順です」と訴えて、病院に殺到したのだそう!もちろん、患者が一方的に医師をだましていたわけではありません。医師の側も「本当の目的」を察したうえで処方箋を書く——そんな暗黙の了解が広がっていきました。発売からわずか2年後の1959年には、50万人を超えるアメリカ人女性がこの薬を服用していたといいます。

レンさんは「本音と建前みたいな感じ」「みんな実は副作用求めて病院に行ってる」と笑います。エマさんも「『こういう効果がある』っていうのが、みんなの耳に入ってるってことだよね」と納得していました。注意書きが、結果的に世界一効果的な広告になってしまったわけですね。

新聞や雑誌、テレビでも話題になり、いつしかこの薬は「ザ・ピル」と呼ばれるようになりました。「ピル(pill)」は英語で単に「錠剤」という意味。一般名詞です。あまりに人々が話題にするので、「あの錠剤」「例の錠剤」などと略されるうちに固有名詞のようになっていったのですね。

世論に押される形で、3年後の1960年、FDAは正式に「経口避妊薬(飲むタイプの避妊薬)」として承認を出しました。ちなみに、法律上で避妊が認められたのは1965年(既婚者)→1972年(未婚者にも拡大)と段階的に進み、すべての女性が法的に避妊薬を使えるようになるまで、ピル発売からさらに10年以上のタイムラグがあったというから驚きです。

2人の女性によって始まったひとつの薬のドラマ

活動家と投資家の女性コンビ、メキシコのヤムイモ、プエルトリコでの裏技的な臨床試験…「ピルが生まれるまで」のストーリーは、まるで映画のような展開の連続でした。

何気なく使われている薬のひとつにも、これだけのドラマがあったのですね。科学の歴史は、やっぱり面白いものです。


サイエントーク / 科学のポッドキャスト
ピルの研究が社会を変えた?避妊薬の障壁と女性の社会進出 #ポッドキャスト #podcast #238

[配信日時]2026年2月9日
[出演者]レン、エマ
[番組URL]https://www.youtube.com/watch?v=c0Znj_SeVso

(C)サイエントーク / 科学のポッドキャスト



【参考文献】

・Margaret Higgins Sanger (1879-1966) - Embryo Project Encyclopedia
https://embryo.asu.edu/pages/margaret-higgins-sanger-1879-1966
マーガレットサンガーの関連情報

・Russell Marker Creation of the Mexican Steroid Hormone Industry - American Chemical Society
https://www.acs.org/education/whatischemistry/landmarks/progesteronesynthesis.html
メキシコのヤムイモからホルモンの原料が見つかった経緯

・Enovid: The First Hormonal Birth Control Pill (1957–1988) - Embryo Project Encyclopedia https://embryo.asu.edu/pages/enovid-first-hormonal-birth-control-pill-1957-1988
プエルトリコ試験やFDA承認の経緯

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