1. トップ
  2. コーヒーで旅する日本/四国編|カメラをポットに持ち替えて。のどかな山懐で気持ち解ける、職人気質の一杯。「Coffee stand CANS Hutte」

コーヒーで旅する日本/四国編|カメラをポットに持ち替えて。のどかな山懐で気持ち解ける、職人気質の一杯。「Coffee stand CANS Hutte」

  • 2026.3.26

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

山々に抱かれた店先で飲むコーヒーは格別。屋号は娘さんのニックネーム・かんちゃんから命名
山々に抱かれた店先で飲むコーヒーは格別。屋号は娘さんのニックネーム・かんちゃんから命名

四国編の第43回は、高知県梼原町の「Coffee stand CANS Hutte」。高知県北西部、愛媛県と境を接する梼原町は、四万十川源流域にあたる山間の町。町を貫く国道沿いに立つ店は、まさに「Hutte(ドイツ語で山小屋や小屋)」の店名通り、山小屋の趣だ。店主の石戸谷光さんは、調理師、写真家を経て、コーヒー店を開いた、ユニークな経歴の持ち主。東日本大震災を機に移住したこの地で始めた店は、8年を経て界隈の拠り所となっている。「自ら手を動かす仕事が性に合っているんです」という職人気質の石戸谷さんが、新天地で見つけたコーヒーの魅力とは。

店主の石戸谷さんと奥様の美穂さん
店主の石戸谷さんと奥様の美穂さん

Profile|石戸谷光(いしどや・ひかる)

1971年(昭和46年)、神奈川県生まれ。調理師専門学校を卒業後。飲食店の現場を5年経験。その後、ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在し、帰国後はカメラマンに転身。約20年、広告、ファッションなど幅広い分野で活躍。2011年の東日本大震災を機に和歌山へ移住し、紀州備長炭の炭焼きの仕事に5年ほど携わった後、2016年に高知県梼原町へ。2017年に「Coffee stand CANS Hutte」をオープン。

ユニークな仕事遍歴からたどり着いた新天地

木の温もりに満ちた店内は、まさに山小屋の雰囲気
木の温もりに満ちた店内は、まさに山小屋の雰囲気

「目の前にある太郎川公園の『道の駅 ゆすはら』は、おでかけやドライブコースになっているレジャースポット。この店の建物は、もともと直売所のような施設の跡なんです」。そう話す、店主の石戸谷さんが、東京から梼原町に移住してきたのは2016年。ここにいたるまでの仕事遍歴が実にユニークだ。振り出しは料理人を目指した高校時代。調理師専門学校を経て、5年ほど飲食店で腕を振るった。その後、ワーキングホリデーでオーストラリアに渡り、帰国後はカメラマンに転身。アシスタントから独立し、フリーランスとして20年、広告、ファッションなど第一線の現場で活躍してきた。そんな石戸谷さんに転機が訪れたのは2011年、東日本大震災の発生がきっかけだった。

店内には、石戸谷さんが撮影した写真や、愛用のカメラもディスプレイ
店内には、石戸谷さんが撮影した写真や、愛用のカメラもディスプレイ

「震災が起こったのが、妻が妊娠中のことで、身の安全を考えて、子育てするなら田舎がいいと考えたんです」と、東京からの移住を決め、最初に移ったのは和歌山県。写真の仕事から、今度は、当地の特産である紀州備長炭の炭焼きに5年ほど携わる。「移住するなら山間部がいいなと思ってたんです。仕事についても、やると決めたら、修業して技術を習得する。何かしら自分で手を動かしてやることが性に合っているんです」と、一見、意外な転身も根っからの職人気質が所以だ。とはいえ、炭焼きは体力仕事、慣れない田舎での生活5年目にして体調を崩し、大病を患う。静養を兼ねて四国を巡ったときに、縁を得たのが梼原町。清流・四万十川の上流、山深い町に満ちる清らかな水と空気、美しい自然が残る町は、求めていた暮らしの場に相応しい環境だった。

梼原町に移住後も、炭焼きの仕事を続ける選択肢もあったという石戸谷さん。だが、当時、空き店舗となっていたこの物件を、偶然目にしたことで新たなアイデアをひらめく。「かつて道の駅には雲の上ホテルがあり、そのころは営業していてにぎわっていたが、こちらの店舗は閑散としていました。でもロケーションもよく、ゆったり過ごすのに活かせる場所だと感じて。ここならコーヒースタンドがぴったりだと、イメージが湧いたんです」

湯を沸かすのは茶道で使う鉄製の釜。当初は炉を置き炭火で沸かしていたそう
湯を沸かすのは茶道で使う鉄製の釜。当初は炉を置き炭火で沸かしていたそう

開店にいたる原点は海外のカフェカルチャー

コーヒーは豆を多めに使って抽出し、同量の差し湯をする、きゃろっと式を採用
コーヒーは豆を多めに使って抽出し、同量の差し湯をする、きゃろっと式を採用

石戸谷さんが、コーヒースタンドの発想にいたったのは、海外で訪ねたカフェ体験があったから。とりわけ、オーストラリアのカフェカルチャーに惹かれたことが、今につながっている。「今から30年ほど前。まだ日本ではイタリアンのレストランでしか本場のカプチーノが出なかった時代。現地ではエスプレッソを中心としたカフェ文化が根付いていて、すごいなと感嘆した。以来、何となく興味を持ち始めて、カメラマン時代に3カ月アパートを借りて滞在したニューヨークでも、本屋やカフェ巡りをしながら海外のカフェ文化に触れてきました」。ちょうど石戸谷さんが東京を離れるころには、日本にもアメリカのサードウェーブコーヒーが上陸し、それまでにないスタイルのコーヒースタンドが印象に残っていたという。

愛用の手回し焙煎機は、大坊珈琲店と同じ限定モデルを使用
愛用の手回し焙煎機は、大坊珈琲店と同じ限定モデルを使用

もともとは、コーヒーをブラックでは飲めなかったという石戸谷さんだが、奥さんがブラックを愛飲していた影響を受けて、自身も飲むようになった。「コーヒースタンドを始めたのは、物件との出合いと、妻がコーヒー好きだったことも理由の一つ」と、夫婦で開店準備を進め、2017年、「CANS Hutte」をオープン。実は、高知県内でもいち早くスタンド形式を取り入れた、先駆け的な存在でもある。

開店当初、コーヒー豆は石戸谷さんが訪ね歩いた東京や福岡のロースターから仕入れていたが、2021年から自家焙煎に切り替え。持ち前の職人気質をコーヒーにも発揮。「続けるうちに、自分で納得する味を作りたいという思いが強くなって。コーヒーは全くの独学ですが、焙煎を始めてみると、実は炭焼きに通じるものがあると感じて。原料を蒸し焼きにして、水分を抜いていくという過程は同じ。備長炭はできるまで1週間かかるけど、コーヒーなら15~20分くらいでできるので、焙煎の作業は楽しいですね」と、意外な形でこれまでの仕事の経験が活かされている。

美穂さんの地元・青森から届くリンゴがたっぷりの、津軽りんごパイ450円は冬限定の逸品
美穂さんの地元・青森から届くリンゴがたっぷりの、津軽りんごパイ450円は冬限定の逸品

開店前までにコーヒー店を数々巡り、中でも手回し焙煎で深煎り主体の店、やはり職人的な味作りに魅力を感じたという石戸谷さん。とりわけ心惹かれたのは、今はなき大坊珈琲店のスタイルだという。「残念ながら、店で飲むことはできなかったけど、イベントに行ったり、豆を取り寄せたりして飲んだコーヒーは格別で、大坊さんのようなスタイルでやりたいと憧れました。やるからには、誰が淹れても同じという店にはしたくない、自分が淹れるからこそ出せる味を提供したい、という思いは強いですね」

グルテンフリーの、チョコがけ米粉マフィン370円。スペルト小麦のスコーン・紅茶370円。ベイクは高知市や土佐市、いの町でも定期的に販売
グルテンフリーの、チョコがけ米粉マフィン370円。スペルト小麦のスコーン・紅茶370円。ベイクは高知市や土佐市、いの町でも定期的に販売

日常を忘れさせる、開放感に満ちたカフェタイム

深煎りのエチオピア・シャキソ・オーガニック450円。まろやかな香味と、スパイスのような余韻が華やか
深煎りのエチオピア・シャキソ・オーガニック450円。まろやかな香味と、スパイスのような余韻が華やか

試行錯誤を重ね、現在、自店では、コスタリカとエチオピア・シダモを合わせた中深煎りブレンドと、エチオピア・シャキソ・オーガニックの深煎りという、二本柱でコーヒーを提案。奥四万十の天然湧水を使って淹れる、透明感のあるまろやかな香味は、じわりと染みわたるような柔らかな余韻が印象的だ。奥様お手製のベイクもまた、スペルト小麦やグラスフェッドバター、内子町の山放ち有精卵など、素材を吟味した滋味深い味わいが好評。なかでも、無農薬米粉を使ったマフィンは、「米粉を使って、この食感はなかなか出せないはず」というふっくらとした生地の柔らかさと、素朴な甘味があとを引く口どけのよさが自慢だ。また、「子どものためのメニューも作りたい」と考案したミルクコーヒーソフトクリームも、1年を通して人気だ。

「スタンドでは時間がかかりすぎるから、今はペーパードリップですが、本当は席のあるカフェをしたかったので、もしできたらネルドリップもやるかもしれない」。これまで、さまざまな仕事を経て、今やすっかりコーヒーの仕事に邁進する石戸谷さんだが、これが天職になるのか聞いてみると、「今の世の中、すごい勢いで変わってますから、先のことはわかりません(笑)」とのこと。それでも、コーヒーならではの楽しさがあるという。

子どもに人気のミルクコーヒーソフトクリーム450円。わずかなほろ苦さがまろやかな甘味を引き立てる
子どもに人気のミルクコーヒーソフトクリーム450円。わずかなほろ苦さがまろやかな甘味を引き立てる

「お客さんと直接顔を合わせてやり取りができることが大きい。また、店をしていると、知らない場所でも、自分のことを知ってくれているお客さんがいて、地域に溶け込むにも助けにもなります。店を始めてから地元の方とのつながりも広がって、ときに野菜や米を差し入れてくださる方もいらっしゃる。また同じ移住者同士だと、パン屋さんとかソーセージ屋さんとは、コーヒー豆との物々交換でやり取りしている店もありますよ」。そんな大らかな土地柄も、この店を形作る魅力の一つになっている。

看板猫のネロ君に会いに来るファンも多い
看板猫のネロ君に会いに来るファンも多い

いまや、ドライブやおでかけの立ち寄りスポットとして、界隈に定着しつつある「CANS Hutte」。ジャンルで言えばコーヒー専門店ではあるが、店のスタンスはいたって鷹揚だ。「コーヒーは勉強が必要というイメージがありますが、そんなことはないと思う。むしろ、もっと自由でいい。ここでは抽出のときにスケールとかタイマーとか使わないですし、それでも喜んでもらえる一杯は作れるはず」。もとより、開放感あふれるこの店に、難しい話は似合わない。日常を忘れて飲む一杯にこそ、ここに来る理由があるのだから。

石戸谷さんレコメンドのコーヒーショップは「手焼珈琲RODAN」

次回、紹介するのは、愛媛県伊予市の「手焼珈琲RODAN」。

「梼原に来たばかりのころ、地元のコーヒー店を巡っているときに、伊予市の焙煎所を訪ね、その後、松山にある姉妹店のカフェにもうかがいました。直接の交流はないのですが、訪ねたときに、何となく自分の志向と似たものを感じました。コーヒーは深煎り・ネルドリップのみと、独自のスタイルを貫いて、長年、続けてこられた店として、リスペクトするところが多い一軒です」(石戸谷さん)

【Coffee stand CANS Hutte のコーヒーデータ】

●焙煎機/手回し焙煎機1キロ

●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)

●焙煎度合い/中深~深煎り

●テイクアウト/あり(450円~)

●豆の販売/ブレンド1種、シングルオリジン1種、150グラム1100円~

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

※20歳未満の者の飲酒は法律で禁じられています。

元記事で読む
の記事をもっとみる