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名曲『ハナミズキ』との共通点も? 一青窈が翻訳を手がけた絵本『さようならの練習』でこだわった“語りすぎない”魅力【イベントレポート】

  • 2026.3.21

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2月23日、歌手の一青窈さんが翻訳を担当した台湾発の絵本『さようならの練習』(ポプラ社)の刊行記念イベントが誠品生活日本橋 イベントスペース「FORUM」で行われた。一青窈さんとともに作者の林小杯(リン・シャオペイ)さんも登壇。絵本制作や翻訳の舞台裏が語られたほか、日本語と中国語、それぞれの響きを味わえる朗読も披露された。

愛犬ビビとの「2度の別れ」を描く

『さようならの練習』は、林小杯さんの実体験をもとに、愛犬ビビとの「2度の別れ」を描いた作品だ。

台風が近づくある日、ビビは突然いなくなってしまった。でも、2年が経ったある日、ビビは奇跡的に帰ってくる。歩ける距離は短くなったし、なんだか疲れやすくなったみたい。やがて、夢に現れたビビが〈私〉に語りかけてきて……。

イベントではまず、林小杯さんと一青窈さんによる読み聞かせが行われた。会場のスクリーンに絵本のページが映し出され、林さんが中国語で、一青さんが日本語で一節ずつ交互に朗読していく。すると、この作品に紡がれた言葉の、繰り返しや響きが生む心地よいリズムに、自然と引き込まれてしまう。そのリズムに身をゆだねていると、中国語がわからなくても胸がぎゅっと締め付けられ、日本語でその意味を知ることで、言葉はいっそう深く胸に染み渡る。絵本の中の〈私〉とビビの日々を追ううちに、気づけば、自分にとっての大切な存在に思いを馳せずにはいられなくなる。会場では目頭を押さえる人の姿も少なくなかった。

犬がいるのが当たり前だった暮らしとその不在

林さんによれば、この絵本の最後の部分は台湾東部の長濱という町で書かれたのだという。海が近く、山や緑に囲まれた長濱には新幹線は通っておらず、鈍行列車で向かうしかない。台北から行くと4時間以上かかる場所だ。一青さんが「なぜそんな秘境で」とたずねると、林さんは「交通の便がよくないからこそいいんです」と笑顔で答える。

「私はこの本を、日記のつもりで描き始めたんです。日々の暮らしのさまざまな場面や思い出を、スケッチのように描き込んでいきました」

この絵本に描かれているのは、犬がそばにいることが当たり前の暮らしだ。だからこそ、ビビがいなくなった場面には、いなくなったはずの存在が、ふとした拍子に戻ってきそうな気配がある。

「犬と一緒に暮らした空間や、その生活の部分を表現したかったので、関係あるものもないものも含めて、日常の中にあるものを描いてきました」

ビビの身だしなみのために使っていたブラシ、ワクチン接種の証明書、お椀。犬にまつわるアイテムはもちろん、The BeatlesやLed Zeppelinのレコードが飾られた部屋の様子まで、ここに描かれているのは、〈私〉の日常そのものだ。

シンプルなイラストと、想像力を引き出す余白

そして、この作品の絵は極めてシンプル。余白があるからこそ、私たちの想像をどんどん掻き立てていく。林さんがとりわけ気に入っているのが、犬の鼻だけを描いたページ。最初は「これだけで大丈夫かな」と感じたが、次第にお気に入りのページになっていったのだという。

引用----

「ビビ 君の鼻、ちゃんとひんやり湿ってる?」

(『さようならの練習』より)

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「やっぱりビビがいなくなった時、よく考えていたのは『ビビの鼻』のことだったんです。犬の鼻は湿っているのが元気な証ですよね」

「音楽みたい」な言葉たち

必要以上に説明しないからこそ、かえって心に残る。そんな余白は、絵だけでなく、この作品の文章からも感じられる。

一青さんは、初めてこの絵本を読んだ時、そこに流れる言葉を「まるで音楽みたいだ」と感じたのだそうだ。

「同じ表現を繰り返し使っているところがあって、それが音楽のサビみたいなんです。同じ言葉が繰り返されていて、多くを語りすぎない。でも、余白も含めて、感情としてたくさんのものを受け取れる。『説明しすぎない』というのが、この作品の肝だと思いました」

一青さんが絵本の翻訳を手がけるのはこの作品が2作目。1作目の『HOME』(工学図書)は、一青さんだからこそ生み出せる擬音語・擬態語がたくさん使われた楽しい作品だった。だが、今回は「語りすぎない」のが特徴であるだけに、翻訳には苦労もあったのだという。だから、この絵本を隅から隅まで読み込んだ。

「すべてが言葉に反映されるわけではないんだけれども、ひとつひとつ林さんに『これは何?』と聞いて、全部答えてもらいました」

「ばびゅん」一青窈らしさが光る心地よい翻訳

「語りすぎない」作品であるとはいえ、もちろん、一青さんならではの表現はこの本の中でも随所に登場する。たとえば、一青さんが特に気に入っているのは、ビビが夢の中を走っている場面。

「現実と想像の中を駆け抜けている感じが、やっぱりこの絵本ならではかなと思って、ここすごく好きです。ここで私はグッときちゃいました」

そんなビビが駆ける場面を、一青さんは「ばびゅん」という独自の擬態語で表現した。編集を担当したポプラ社の辻敦さんは、一青さんらしい表現が生まれた瞬間に、うれしさを感じたという。

「『ばびゅん』もそうだし、どの言葉も本当にリズムがよい。一青さんが声に出しながら翻訳をしていってくださった感じがあるんですよね」と辻さん。

一青さんは「いかにミニマムに、でもちゃんと伝わるようにというのを意識しました。でも、そのまま訳しちゃうと、ちょっと伝わらないかもしれないみたいなところもある。そこを何度も打ち合わせましたね」と翻訳の日々を振り返った。

クライマックスで変わる、世界の色

イベントでは、物語のクライマックスについても話が及んだ。物語の終盤、ビビは〈私〉に二度目の「さようなら」をする。ビビとの永遠の別れ——だが、黒を基調とした彼女の世界には、別れの後から少しずつ鮮やかな色彩が差し込んでいく。編集を担当した辻さんと一青さんが、打ち合わせのなかで何度も話題にしていたのも、この場面だったという。

「シンプルなのにとても美しくて、ミニマルアートのようでした。ここで急にカラフルになることで、心が鮮やかに、豊かになっていくのが伝わってきました」と一青さん。

また、この場面では、言葉の表現にも変化があるのだそうだ。

「急に、中国語の表現が客観的になるんですよね。神様目線になるというか。『ハナミズキ』の歌詞を書いた時の感覚と、少し似ている感じがしました。僕であり、君であり、常に一人称が変わっていく。その変化がこの本でも起こっていて、おもしろいなと思いました」

林さんによれば、この最後の場面では、ビビの飼い主が、ビビとの別れをきちんと受け止めていく姿を描いたのだという。ビビはすでにこの世界にはいない。それでも、〈私〉が別れを受け止め、少しずつ未来へ向かっていく心の変化が、色の移ろいとして表現されているのだ。

「この女性はもう『さよなら』を受け入れて、未来に向けて歩き出しているということ、過去の思い出も一緒に歩いているということを表現したかったんです」と林さん。最後のページでは、ページの下端に緑がわずかににじむように差し込んでいるが、これは、古くなったフィルム写真のような質感を意識したものであり、思い出そのものの象徴でもあるという。

「人生はさよならの連続だと思っている」。そう語る一青さんは、イベントの最後、本書への思いをこんな言葉で語った。

「言葉にするってすごいエネルギーを使うことだと思うんです。『ありがとう』も、『大好き』も、『さようなら』も、本当に言わなきゃいけない言葉って、なかなか伝えられない。でも、『うまく言えないな』って思っている人が、これを手に取ることで、勇気を出せる一冊になってほしいなって、そう思います」

別れは、いつだって突然やってくる。それを受け入れることに、胸が引き裂かれるようなつらさを感じる人も多いだろう。けれども、姿が見えなくなっても、思い出まで失われるわけではない。『さようならの練習』は、そのことを静かに思い出させてくれる一冊。この日のイベントもまた、そんな本のやさしさを、あらためて感じさせる時間となった。

取材・文=アサトーミナミ 撮影=島本絵梨佳

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