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「現世の理想が投影された死後の世界」!? アンドリウス・アルチュニアン、国内初の個展『Obol』が銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで開催中。

  • 2026.3.20

アンドリウス・アルチュニアン/アーティスト・作曲家

Andrius Arutiunian/アンドリウス・アルチュニアン1991年生まれ、アルメニア系リトアニア人。現在はオランダのハーグを拠点として活動する。2022年、ヴェネツィアビエンナーレでアルメニア館代表を務めた。上海・光州・リヨンなど世界各国のビエンナーレや美術館で精力的に作品を発表している。

死者とともに生きる場所に、未来を展望して。

作曲の教育を受けた専門家でありながら、時間を彫刻するかのように多様な表現方法で作品を創りだしていくアーティスト、アンドリウス・アルチュニアン。彼にとって日本で初の個展となる『Obol』が開催中だ。「オボル」とは死後の世界に渡る川の渡し賃。一枚のコインを死者に携えさせる葬送の儀式は、日本を含む世界各地の伝統文化に共通する。

「冥界は経済もインフラも整えられた豊かな場所で、文化的・宗教的な境界線はありません。現世の人々の欲望や理想が投影された場所とも言えます。本展では死者とともに生きる場所として冥界を想像することで、未来を展望しています」

会場入口に掲げられたテキストは冥界の魅惑的なシステムを並べ、こっちへおいでと誘いかける。展示空間は死者のための"地下レイヴ"のクラブとして構成され、テクノミュージックの低音部だけを取り出した催眠的なサウンドに満たされている。視線を吸い込む濡れ羽色のオブジェは観る者を時間・未来・神話をめぐる思考へと誘う。これらの彫刻に使われた「瀝青(れきせい)」という漆黒の素材は、太古の生物が悠久の時を経て分解された石油由来の粘性の強い物質。古代では神聖なものとされ、ミイラの防腐処理にも使われたが、現代ではアスファルトなど実用的・工業的に用いられる。

「世俗的機能と聖性を併せ持つ物質です。今回初めて、新潟で採掘される天然の瀝青を生の状態で使用しました。保安上の問題によりスタジオでガスバーナーを使うことができず、自分の手で火をおこしながら制作したことで、かえって彫刻の表面にこれまでにないテクスチャーが生まれました」

一方、モノリスを思わせる巨大な黒い柱が屹立するインスタレーションは2022年のヴェネツィアビエンナーレ・アルメニア館で発表された作品を再構成したもの。デジタルサイネージに流れるテキストは広告コピーのようで軽妙だが、床のプラットフォームに反転した鏡文字が投影される様子はどこか呪術的だ。空間を飛び交うサウンドには人の呟きが入り交じるが、異質な言語でまったく聴きとることができない。

「これはアルメニアのフェルト職人や盗人、娼婦などが使っていた隠語で、白魔術の愛の呪文を唱えています。反転するテキストと循環するサウンドは催眠的な状況を作り出し、冥界とのアクセスを促す。音という素材はひとところに留まることなく、身体に浸透していく効果を持っています」

おびただしい量の多様な文献をもとにリサーチする制作過程で「先人たちの経験や知見の蓄積から、だんだんと対象とする異文化に辿り着く」というアルチュニアン。その重層的な作品世界は、ポリフォニックな遊戯性と同時に、私たちの生き方にも深く関わる未来をめぐる問いかけに満ちている。

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*「フィガロジャポン」2026年5月号より抜粋

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