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辻堂ゆめによる、新たな児童文学。同級生のさまざまな「ナゾ」に向き合う小学生の成長譚『ばんざい!ぼくらのフシギ島』【書評】

  • 2026.3.17
ばんざい!ぼくらのフシギ島 辻堂ゆめ / 主婦の友社
ばんざい!ぼくらのフシギ島 辻堂ゆめ / 主婦の友社

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「子どもは自由でいいな」と羨む大人がいる。だが、子どもたちもまた、それぞれの世界で日々闘っている。迷い、悩み、傷つき、立ち止まり、途方に暮れる。それは何も、大人の専売特許じゃない。同時に、そこから這い上がる瞬間も、また。

廃校の危機を防ぐための“ウィンウィン”な制度「離島留学生」

『トリカゴ』(東京創元社)、『今日未明』(徳間書店)などで知られる辻堂ゆめ氏が紡ぐ児童書『ばんざい!ぼくらのフシギ島』(主婦の友社)が、2026年2月、新たに刊行された。本書の主な登場人物は、離島で暮らす小学生。親や教師の出番もあるが、大切な分岐点においては、子どもたちが自ら問題に立ち向かう。

物語の舞台は、日本の南西に位置する夫志木島(ふしぎじま)。人口およそ2,000人のこの島は、毎年「離島留学生」を受け入れている。島の子どもの人口が少なく、留学生を受け入れることで廃校の危機を防げるため、双方にとって“ウィンウィン”な制度とは、小学6年生の島民、才津智也の弁だ。豊かな自然に恵まれた夫志木島は、海の幸、山の幸にあふれ、島民はみな大らかで、留学生たちをよそ者扱いする人はいない。

関東地方から夫志木島へ留学してきた星野涼は、朝が大の苦手で遅刻ばかり。「ワル」を自称し、午前中の体育は「めんどいから」とサボるのが常である。そんな涼に対しても、島民は温かく接する。涼が暮らす「出口寮」の娘、出口美野里は、快活で物怖じせず、きっぱりと物を言う性格だ。美野里、才津、涼はみな同級生で、3人はすぐに打ち解け、多くの時間を共に過ごす。

「ワル」を自称する小学6年生・星野涼の葛藤

留学生は、涼ひとりだけではない。クラスに8人、全校でいえばさらに多くの留学生が、親元を離れ夫志木島に留学している。涼は早くに母親を亡くし、父親と祖母の3人で暮らしていたが、祖母が腰を痛めたのをきっかけに、父親が主動で夫志木島への留学を決めた。

引用----

――働きながら子どもの世話をするのは大変だからな。その点、離島留学は楽だよ。お金がかかるといっても、月額八万円のうち五万円は自治体から補助が出る。月三万円で預かってもらえるんだ。これは破格だぞぉ!

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島に渡る前日、フェリー乗り場近くのホテルで、父親はあっけらかんと涼にそう告げた。この台詞だけが理由ではないが、涼の中には「親に捨てられた」感覚があり、そのモヤモヤは簡単に払拭できるものではなかった。「朝すんなり起きられない」自分への苛立ち。激務をこなす父親を尊敬する一方で、厄介払いされたのでは……と疑ってしまう悲しみ。小学生にとっては、この2つだけでも充分に重い荷物である。

鋭い観察眼と推理力を持つ才津智也が、同級生の涙の「ナゾ」をひもとく

涼たちが通う「夫志木小中学校」は、低学年、中学年、高学年で分かれる2学年ずつの複式学級だ。小学生はみんな合わせて約30人。少人数で勉強やアクティビティに向き合う中で、日々何かしらの問題が起きる。だが、「問題が起きている」ことはわかっても、「何が問題なのか」は簡単には明かされない。大人がそうであるように、多くの子どもは自らの悩み事を隠そうとする。

体格、性格ともに周囲より成熟している才津は、鋭い観察眼と推理力の持ち主だ。留学生の奈々がすすり泣く理由、消灯時間後にランドセルを背負い部屋を出ていこうとする陽斗の焦燥。同級生たちが見抜けない「なぜ」の答えに、才津はあっさり辿り着く。

傷になった出来事、みんなの「当たり前」がやけに遠くに感じる現実、そういう葛藤を言葉にするのは、大人が想像する以上にハードルが高い。筆者にも小学生の息子がいるが、「なぜ、もっと早く言ってくれなかったの」と突っ込みたくなるようなトラブルが日常的に起こる。だが、よくよく話を聞いてみると、「言えない」理由がちゃんとあるのだ。「言わない」のではなく、「言えない」。

同級生のさまざまな「ナゾ」に、才津と共に向き合う中で、涼の中にも除々に変化が生まれる。迷い、悩み、傷つき、立ち止まり、這い上がる。離島の美しい情景描写と共に描かれる子どもたちの成長は、私たちが通ってきた道のりであり、この先も通るであろう道筋でもある。

引用----

誰(だい)かば仲間外れにしてつらか思いばさせるっちゅう時点で、そいはもう全体の仕組みが間違(まちご)うとる。クラスもそうやし、世の中もそがんさ

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小学生に見えている景色が、果たして私たち大人には見えているだろうか。本当は見えているのに、「見えないふり」をしていないだろうか。そんな視点をも感じさせる物語は、年代問わず、多くの人の「なぜ」を引き出し、そこに向き合う力を与えてくれるだろう。

文=碧月はる

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