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「身近な人を失ってから、消極的なことばかり考えてしまう」—禅僧・枡野俊明さんが語る、生と死の向き合い方

  • 2026.3.15

「身近な人を失ってから、消極的なことばかり考えてしまう」—禅僧・枡野俊明さんが語る、生と死の向き合い方

今回の相談は、身近な人の死を体験し消極的になっている女性から。前向きに生きるための切り替え方は? 枡野さんが語ります。

門を開けば

「開門福寿多(門を開けば福寿多し)」
自ら門を開くことで福を招き入れようという禅の言葉です。

<今月のテーマ>
「死」が身近になり、気持ちが落ち込んでいます

最近、姪(64歳)と姉(85歳)を亡くし、人間って死んでいくんだな……と毎日考えています。今まで「あれしよう」「あそこに旅しよう」と楽しみを見つけていたのが、なぜか消極的なことばかり考えるようになりました。78歳を過ぎ、もっと積極的な日々をどう過ごそうかと少し悩んでいます。

人生は、はかない それが大切な気づき

身近な人たちが、相次いで旅立たれてしまったのですね。大変寂しく、悲しいことでしょう。

禅には「人生、一夢の中」という言葉があります。人生は夢のようにはかなく、いつ消えても不思議がないようなものだということです。相談者さんも身近な人の死によって、そのことを痛感されたのでしょう。

お釈迦様が弟子たちに語った「四馬(しめ)」の話をご存じでしょうか。あるとき、お釈迦様は弟子たちに4頭の馬の話をしました。1頭目の馬は、乗り手が持っている鞭(むち)の影を見ただけで走り出したそうです。2頭目の馬は、鞭が毛に触れた瞬間に気づいて走り始めました。3頭目の馬は鞭でたたかれてからようやく走り始め、4頭目の馬は鞭で何度もたたかれて骨が見えるような状態になってようやく走り始めたのだそうです。

これはたとえ話です。馬は人間を、鞭は死を意味しています。1頭目の馬は、葬儀の煙を遠くから眺めただけで「人は必ず死を迎えるのだ」と強く自覚し、生き方を変えられる人を指しています。2頭目の馬は、ご近所さんや著名人など人の死によって気づく人を、3頭目は身内や友人など親しい間柄の人が亡くなることでようやく気づく人を、4頭目は自分自身が大きな病気になって初めて気づく人を指しています。4頭目の場合、気づくのがあまりにも遅かったということです。

私たちは誰しも、いつか必ず最後のときを迎えます。「そんなことわかっているよ」と思うかもしれませんが、多くの人は本当の意味で実感できてはいません。「いつかは死ぬだろうけれど、まだ元気だし、それはきっと先のこと」と考えてしまうものです。

人生一夢中――じんせい いちむのなか

人生は一瞬の夢のように消えるもの。
生と死とは表裏一体だからこそ
授かった命を最期まで丁寧に生きる

死を考えることは生き方を見直すこと

死を現実のものとして実感するのは、多くの場合は身近な人の死、あるいは自分自身に余命が宣告されたときだと思います。相談者さんも、お姉さまや姪御さんの死によって、それを思い知ることになったのでしょう。

死について深く考えることは、できるだけ早いほうがいいと私は思います。死ぬことと生きることは表裏一体です。死を考えることは、生を考えることと同じことですし、生を考えるときには死を思うことが必要です。どちらか一つだけに目を向けていては、今後の人生を充実させることはできません。

相談者さんの場合、今までは常に前向きに生きてこられたと書かれていますが、それは「生きる」ことだけに目を向けていらっしゃったのではないかと推察します。ところが身近な人を失ったことで視点が180度変わり、今度は「死」だけに目を向けるようになってしまった。だから気持ちが落ち込み、消極的になってしまったのではないでしょうか。

私たちがすべきことは、「生」だけでなく「死」だけでなく、その両方をともに考えることです。「自分も明日死ぬかもしれない。であれば、それまでの時間をどう生きるか」と。死と向き合うことで、生を充実させるのです。

大宇宙の真理の中で生かされている

相談者さんは78歳だそうですが、この世に生まれて78年間、心臓が動き、血液を巡らせ、止まることなく呼吸し続けてきたはずです。でもそれは、相談者さん自身の意思や努力とは無縁のものです。何か大きな存在が人を生かしもし、死なせもします。仏教ではこれを「仏性」といいますが、大宇宙の真理ともいえます。私も、これをお読みの方も皆、その真理の中で生きています。いいえ、生かされているのです。

ですから、「日々をどう過ごそうか」と考えているのであれば、ぜひとも生かされていることをありがたいと思い、その気持ちを周りの人に還元していくことを考えてください。自分の楽しみだけでなく、限りある命を世の中のために役立てていくことに、自分の時間を少しでも使ってください。

私は僧として多くの死を見つめてきましたが、人は亡くなるときに「もっとあれをやっておけばよかった」と後悔するか、「すべてやり遂げた」と満足して旅立つかのいずれかです。中間はありません。いつお迎えが来て命をお返しすることになったとしてもいいように、一瞬一瞬を大切に生きていきましょう。お姉さまや姪御さんは、相談者さんに気づきのチャンスをくださったのだと思います。78歳でも、生き直すのに遅いことはありません。

アドバイスいただいたのは

枡野俊明さん
曹洞宗徳雄山 建功寺住職
1953年神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山 建功寺第18世住職。庭園デザイナー。多摩美術大学名誉教授。「禅の庭」を通して国内外から高く評価され、2006年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」に。『悩みを手放す21の方法』(主婦の友社)など著書多数。

取材・文/神 素子

※この記事は「ゆうゆう」2026年4月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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