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「大人になったら絵描きさんになりたい」幼少期、ヤマザキマリさんが母から言われた言葉とは

  • 2026.3.13

「大人になったら絵描きさんになりたい」幼少期、ヤマザキマリさんが母から言われた言葉とは

『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』(主婦の友社刊)で、「表現」と「自由」の深い関係について語ったヤマザキマリさん。まだ小学校に入る前に「絵描きになる」と口にした彼女に、母が返した意外な言葉は——。それに対するヤマザキマリさんの返しもまた秀逸。「表現して生きること」の厳しさと覚悟が垣間見える、印象的なやりとりを抜粋してお届けします。

表現することは孤独や貧困がセットでついてくる

子どものころから必然的に絵ばかり描いていました。それは決して絵を描くことが好きだからではなく、絵を描いていると自分の中にある閉塞感や孤独に対する恐ろしさから逃げることができるからだったという話は先ほどしました。必然で描いているのだけれど、それを“好き”だと自分自身が思い込んでしまったところもあります。

まだ小学校に入る前、母親に「私は大人になったら絵描きさんになりたい」と言ったことがありました。母親は、昭和ひと桁生まれの戦中派でヴィオラ奏者。しかも夫とは死別。当時にしては珍しく手に職をつけて自分で自分を養っていた人です。

そういう母親ですから、最初から私が絵描きになりたいという気持ちを否定することはありませんでした。だけど、不安は不安だったようです。彼女がまず私に対してやったことは、「絵描きさんになりたいの? じゃあこの本を読んでごらん」と、『フランダースの犬』という本を書店で購入して帰ってきました。

みなさん、知っていますか? 1975年にアニメ化された19世紀のイギリスの児童文学です。

フランドル地方の寒村で絵描きをめざしていた少年が主人公なのですが、彼は細々と牛乳を売って生計を立てているおじいさんと一緒に暮らしていました。この少年は非常に絵心があるのですが、とても不遇な状況下に置かれていたので、その絵の才能を発揮することができないわけです。いろいろとチャンスもあったのですが、貧乏が理由で上達させられない。

おじいさんも亡くなり、愛犬パトラッシュとともになんとか暮らしていましたが、村の火事の冤罪(えんざい)まで着せられ、もう心身ボロボロ状態です。ラストは、街の大聖堂にあるルーベンスの祭壇画前でクリスマスの日に犬とともに凍死してしまうというとても悲しいお話です。

それを母は「読んでごらんよ」と私のところに持ってきたのです。母は「絵描きさんになりたいって大変よね」と本を読み終えた私に言いました。

「この子は勇気がなかったからダメなんだ」

ただ、私には納得がいかなかった。そのころ、この本と同時進行で『アラビアンナイト』と『ニルスのふしぎな旅』を読んでいたのですが、どちらも自分の居場所から外へ出ていくことで、自分をたくましくしていく話です。

『フランダースの犬』の少年は私の趣味にはいかんせん脆弱(ぜいじゃく)すぎました。母には「この子は勇気がなかったからダメなんだ」と言ったそうです。誰かが助けてくれるのを待ち続けていたのがいけない。それが留守番ばかりさせられていた子どもの私の見解でした。

私はこの話を講演会など、さまざまな場でしています。ある日、SNSを見ていたら、アニメ版で少年と愛犬が大聖堂で力尽きてしまった有名な最終回のシーンの絵に、「パトラッシュ、疲れたよ。僕、もう疲れたよ。ヤマザキマリにいじめられるの、もう疲れたよ」と書いてあるものが目に入りました(笑)。

いじめているつもりはないんですよ。ないけれど、やはり絵描きで生きていくということは、そういった疎外と孤独、そして貧困、飢えといったものがセットでついてくるということなんです。母もそういうことを伝えたかったんだと思いますけどね。

フィクションですから本当にあった話ではありません。でも、表現というのは大変な生業なんだ、だからといってこの世から消えてしまってはいけないもの、ということはわかりました。孤独や貧困といったハードルがセットでも、人類の歴史の中で途絶えることはなかったのですから。

(注)
戦中派 第2次世界大戦中に青年時代を過ごした世代のこと。

『アラビアンナイト』 アラビア地方を中心とした民間伝承説話をまとめたもの。日本では『アリ・ババと40人の海賊』『アラジンと魔法のランプ』『シンドバッドの冒険』などの物語が有名。

『ニルスのふしぎな旅』 スウェーデンのセルマ・ラーゲルレーヴによる児童文学。14歳の少年ニルスが妖精によって小人にされ、ガチョウやガンの群れと旅をする。冒険を通してニルスが成長していく物語。

※この記事は『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』ヤマザキマリ著(主婦の友社刊)の内容を、ウェブ記事用に再編集したものです。

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