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「誰のおかげだと思っているの」結婚しても終わらなかった、毒親の干渉。心が折れた『決定的すぎる一言』

  • 2026.3.9

これは、友人のA子に聞いた話です。幼い頃から「親が絶対」という環境で育ち、大人になっても続く母親の強い干渉に苦しんでいました。ある出来事をきっかけに、A子は初めて親との距離を見直す決断をします。関係を断つのではなく、自分を守るために選んだ距離が、心の安定を取り戻すきっかけとなったエピソードです。

画像: 「誰のおかげだと思っているの」結婚しても終わらなかった、毒親の干渉。心が折れた『決定的すぎる一言』

幼少期から刷り込まれた「母が正解」というルール

物心ついた頃から、わが家のルールはただ一つ、「母の言葉はすべて正しい」ということでした。
母は自分の考えに絶対の自信を持っていて、それに逆らうことは許されませんでした。
家の中では常に母の機嫌が基準で、空気が悪くならないように気を配るのが日常でした。
少しでも意見を言うと、「誰のおかげで生活できていると思っているの! 親に向かってなんて口をきくの!」と責められ、私は何も言えなくなりました。
親とはこういう存在で、子どもは従うものだと、疑うことすらできなかったのです。

大人になっても終わらなかった実母の干渉

社会人になり、結婚して家を出たことで、ようやく解放されると思っていました。
しかし現実は違いました。
母からの連絡は減るどころか増え、返事が遅れるだけで「親を無視するなんて冷たい人間ね」と責められました。
生活の選択、仕事のこと、夫との関係、すべてに口を出されました。
子どもが生まれると干渉はさらに激しくなり、育児方法からしつけまで否定の連続でした。
私がどれだけ努力しても、「あなたは要領が悪い」「だから失敗する」と言われ続け、自信はどんどん削られていきました。

決定的だった心を折る一言

ある日、体調も精神的にも限界の状態で実家を訪れたときのことです。
私の疲れ切った様子を見た母は、心配するどころか「そんな生き方をしているからダメなのよ。もっと私の言う通りにしていれば、こんなことにならなかったのに」と冷たく言いました。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが一気に噴き出しました。
(ああ、この人は私を心配しているんじゃない。自分より下の存在として、見下してコントロールしたいだけなんだ……)
親だから、という理由で何を言ってもいいわけではない。その当たり前の事実に、何十年もかけてようやく気づいた瞬間でした。

距離を置く選択がもたらした本当のスカッと

私は震える声で、けれどはっきりと母に伝えました。
「お母さん。もう、私の人生に口を出さないで。しばらく距離を置きたいの」
案の定、母は激しく怒り、「親を捨てるのか」「育ててやった恩を忘れたのか」と責め立ててきました。
しかし今回は、私は引きませんでした。
連絡は必要最低限にし、会う回数も大きく減らしました。
すると、驚くほど心が落ち着いていったのです。
母の顔色を気にせず決断できる生活は、こんなにも楽なのかと実感しました。
A子は、親と距離を取ることは逃げではなく、自分を守るための正当な選択だったと、今でははっきり言えるそうです。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年2月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:池田みのり
SNS運用代行の職を通じて、常にユーザー目線で物事を考える傍ら、子育て世代に役立つ情報の少なさを痛感。育児と仕事に奮闘するママたちに参考になる情報を発信すべく、自らの経験で得たリアルな悲喜こもごもを伝えたいとライター業をスタート。

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