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デルポイの神託の巫女は「地下ガスを吸って」トランス状態になっていた?

  • 2026.3.5
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

古代ギリシャの世界には「未来を知りたい」と願う人々が向かった場所があります。

それがギリシャ南部にある聖地デルポイです。

ここには神アポロンの神殿があり、巫女が神から授かった言葉を伝える「デルポイの神託」が行われていました。

王や将軍、都市国家の指導者たちが重大な決断を下す前に助言を求めたことでも知られ、古代世界でもっとも有名な神託の場でした。

しかし、この神秘的な予言には長い間、ある疑問が付きまとっていました。

ズバリ、巫女はどのようにしてトランス状態に入り、神の言葉を語ったのでしょうか。

古代の記録には「甘い香りのガスを吸い込んでいた」ことが書かれています。

そして近年の地質学と考古学の研究は、この奇妙な記述が単なる神話ではなく、実際の自然現象に基づいていた可能性を示しています。

もしそうだとすれば、古代ギリシャで最も神秘的な儀式は、実は「地下から湧き出るガス」によって生み出されていたのかもしれません。

目次

  • 神アポロンの声を語る巫女「ピュティア」
  • 長い間「伝説」とされていた地下ガス
  • 巫女が吸っていたのは、どんなガス?

神アポロンの声を語る巫女「ピュティア」

デルポイの遺跡/ Credit: ja.wikipedia

デルポイの神託は、古代ギリシャ世界で最も権威のある宗教的儀式の一つでした。

神殿には「ピュティア」と呼ばれる巫女が座り、神アポロンの意志を人々に伝える役割を担っていました。

デルポイを訪れる人々は、単なる好奇心からではなく、人生や国家の重大な決断を前にして助言を求めていました。

個人の財産問題から戦争の是非まで、あらゆる相談が持ち込まれたといいます。

興味深いのは、古代人自身もピュティアを霊能力者だとは考えていなかったことです。

1〜2世紀の有名な著述家プルタルコスはデルポイの神官でもあり、神託の様子を記録しています。

彼によれば、巫女は「地中から湧き上がる力」を受け取る存在でした。

つまり、予言の力は巫女自身ではなく、大地そのものから来ると考えられていたのです。

プルタルコスの記述では、神殿の下には泉があり、岩の割れ目から「プネウマ」と呼ばれる甘い香りのガスが立ち上っていました。

巫女は三脚の椅子に座り、このガスを吸い込むことでトランス状態に入り、神の言葉を語ったとされています。

その様子はかなり激しいもので、叫び声を上げたり、興奮したり、時には倒れてしまうこともあったと記録されています。

長い間「伝説」とされていた地下ガス

しかし近代の研究者たちは、長い間この記述を信じていませんでした。

1892年から1950年にかけて行われたデルポイの大規模発掘では、ガスの発生源とされる巨大な岩の裂け目が見つからなかったからです。

当時の地質学では、地下ガスが地表に出るのは火山地域に限られると考えられていました。

デルポイ周辺には火山が存在しません。

そのため、古代の記録は誇張や伝聞に過ぎないと見なされてしまったのです。

『デルフィの巫女』(ジョン・コリア作、1891年)/ Credit: ja.wikipedia

ところが1980年代、状況が大きく変わります。

地質学者の調査により、デルポイの神殿の真下を断層が通っていることが判明したのです。

断層とは、地球のテクトニックプレートがぶつかり合う場所です。

こうした場所では摩擦によって地質活動が起こり、ガスが発生することがあります。

この発見をきっかけに、考古学者の研究チームが調査を開始。すると、デルポイの地下には多孔質の石灰岩が広がっていることが分かりました。

この石はスポンジのように細かな通路を持っており、地下で発生したガスが地表へ上昇する経路になり得ます。

つまり古代の記録にある「大地からのガス」は、実際に存在した可能性が出てきたのです。

巫女が吸っていたのは、どんなガス?

1996年、研究者たちはギリシャ政府の許可を得てデルポイの岩盤を採取し、化学分析を行いました。

その結果、石灰岩にはエタン、メタン、エチレンといった炭化水素が含まれていることが判明しました。

この中でも特に注目されたのが「エチレン」です。

エチレンは炭素と水素からなる炭化水素で、現在ではプラスチック製造などに使われる重要な化学物質です。

さらに興味深いことに、かつてエチレンは医療の現場で麻酔ガスとして使用されていました。

高濃度で吸入すると人は意識を失います。

『デルポイの巫女』(ミケランジェロ作、システィーナ礼拝堂天井画、1508-1512年)/ Credit: ja.wikipedia

では、もう少し低い濃度ではどうなるのでしょうか。

毒物学者の研究によれば、エチレンを吸った人は意識を保ちながらも精神状態が変化することがあります。

会話はできるものの、言動が奇妙になったり、興奮したり、叫び声を上げたりする場合があると報告されています。

また、ガスの効果が消えた後に、その間の記憶が曖昧になることもあります。

こうした症状は、古代の文献に記されたピュティアのトランス状態と非常によく似ています。

さらにエチレンは甘い香りを持つため、プルタルコスの記述とも一致します。

ただし、このガスを繰り返し吸うことは人体にとって危険です。

プルタルコスも、神託の役割が巫女の寿命を縮める可能性があると記しています。

実際、デルポイでは複数の女性が交代で神託を担当していたとされており、トランス状態に入ることが大きな身体的負担だったことがうかがえます。

デルポイの神託のその後

デルポイの神託は、アレクサンドロス大王の征服以降、ギリシャ世界が広大な王朝国家の支配下に入ると、都市国家中心の政治体制が変化し、神託の政治的役割は次第に弱まっていきます。

ローマ時代には巡礼地としての人気は残っていたものの、かつてのような影響力は失われていました。

プルタルコスも、神殿の活動が以前ほど盛んではなくなっていることを記録しています。

そして4世紀になると、ローマ帝国でキリスト教が広まり、異教の宗教儀式は次第に禁止されていきました。

最終的に西暦393年、皇帝テオドシウス1世の政策によってデルポイの神殿は閉鎖され、千年以上続いた神託は歴史の中で幕を下ろしています。

参考文献

Ancient Greece’s most famous oracle was just high on gas fumes
https://www.popsci.com/science/oracle-of-delphi-drugs/

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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