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何も入っていない「真空の箱」で物質の性質を変えることに成功

  • 2026.3.3
何も入っていない「真空の箱」で物質の性質を変えることに成功!
何も入っていない「真空の箱」で物質の性質を変えることに成功! / Credit:川勝康弘

アメリカのコロンビア大学(Columbia University)と、ドイツのマックス・プランク構造・ダイナミクス研究所(MPSD)で行われた研究により、何も入っていない「真空の箱」のような環境を使って、すぐそばにある物体の性質を変化させられることが示されました。

さらに、研究者たちはこうした「真空の箱」の性質を工夫すれば、将来は温度や圧力を変える以外にも、真空そのものを「ツマミ」のように回して物質の性質を調整できるかもしれない、という可能性にも触れています。

コロンビア大学のバソフ教授は、このような「真空のゆらぎを使って物質を変える」試みを、分野が何十年も追い求めてきた“聖杯”だったと話しています。

理論を担当したルビオ氏も、「真空のゆらぎは本来とても小さいはずなのに、今回観測された効果は驚くほど大きかった」とコメントしており、研究者たち自身も、まだ完全には説明しきれていないほどインパクトのある結果だと述べています。

しかしいったいどうして、何もない真空を使って物質の性質を操れたのでしょうか?

研究内容の詳細は、2026年2月25日に『Nature』にて発表されました。

目次

  • 何も入っていない「真空の箱」で何かできるのか?
  • 真空のゆらぎを増幅し近くの物体の性質を変える
  • 「真空を設計する」という考え方の出発点

何も入っていない「真空の箱」で何かできるのか?

何も入っていない「真空の箱」で何かできるのか?
何も入っていない「真空の箱」で何かできるのか? / Credit:川勝康弘

私たちはふだん、「何も入っていない場所」は本当に空っぽだと思っています。

空気を抜いた真空は、何もない、静かな空間のように感じられます。

しかし、量子力学によると、真空でさえ本当は完全には静かではなく、量子的なゆらぎが常に生まれては消えていると考えられています。

この「量子ゆらぎ」は、ふだんの生活ではまったく気づかないほど小さいのです。

物理学者たちは以前から、「この小さなゆらぎを、うまく閉じ込めて強めてあげることができれば、近くの物質の性質を変えられるかもしれない」と考えてきました。

たとえば、何も弾いていないピアノの弦が、となりの楽器の音に反応して勝手に震え出すようなイメージです。

今回の研究で使われた六方晶窒化ホウ素は、この「共鳴箱」の役わりをする結晶です。

これまでの研究では、この箱の内部に光や電磁波を閉じ込め、物体と接触させたときの変化を調べられてきました。

その結果、内部に閉じ込められた光や電磁波が共鳴箱と相互作用して大きな影響として、近くの物体に影響を与えられることがわかりました。

いわば箱の中に振動する弦が入っていて、それをピアノの中に放り込むと、ピアノの弦も箱の内部の振動に合わせて震えはじめるという現象が起きていたのです。

簡単に言えば、箱内部の振動がピアノの弦に移ったとも言えるでしょう。

ですが今回、研究者たちは「何も入れていない状態」の箱を超伝導体に接触させて、変化が起こるかを確かめました。

先ほどの箱とピアノでたとえるなら、何も入っていない空箱をピアノの中に入れた訳です。

常識的に考えれば、そんなことをしても何も起こらないでしょう。

真空のゆらぎを増幅し近くの物体の性質を変える

真空のゆらぎを増幅し近くの物体の性質を変える
真空のゆらぎを増幅し近くの物体の性質を変える / Credit:川勝康弘

何も入っていない箱を超伝導体に接触させて何が起こるのか?

答えを得るため研究者たちは、上に何も乗せられていない超伝導体と、空の箱(六方晶窒化ホウ素)が乗せられた超伝導体を用意して、違いを調べました。

すると空の箱(六方晶窒化ホウ素)下にある超伝導体では、超伝導の強さの目安である超流動密度が「少なくとも半分以下」にまで落ちていることが分かりました。

一方で、何も乗っていない部分では変化が起きていません。

ここだけ聞くと、「結局、箱そのものが超伝導体を弱くしただけでは?」と思う人もいると思います。

何も入っていない箱であっても、箱の材料が近くにある時点で、電気の環境や、わずかなゆがみが変わるのは当たり前だからです。

あるいは「六方晶窒化ホウ素が特殊で、その成分が超伝導体に特別に効いたのでは?」という疑問を持つ人もいるでしょう。

実は研究者たちも、そのような「箱そのものの影響」は最初に疑っています。

箱が近くにあるだけで起こりうる効果としては、たとえば「静電気の環境が変わる」「表面がわずかに引っぱられて、超伝導体にふにゃっとしたひずみが入る」「箱の素材からほんの少しだけ電荷が移って、超伝導体の中の電子の数や分布が変わる」などが考えられます。

箱とピアノのたとえで言えば、「箱の板そのもの」や「箱から直接飛び出した分子や電磁波」がピアノの弦を押したり引いたりしてしまったのではないか、という不安です。

そこで研究チームは、六方晶窒化ホウ素と静電気的な性質がよく似た別の結晶を用意し、同じように超伝導体の上に乗せて比較しました。

しかしその結果、その別の結晶を乗せたときには、超伝導の強さはごくわずかにしか変わりませんでした。

再度、箱とピアノの例にたとえれば、箱の木材部分を「ヒノキ」「クヌギ」「カシ」「マツ」と変えてみても、超伝導という“音の出方”にはほとんど差が出なかった、という感じです。

そこで研究者たちは、「箱の材料そのもの」よりも、「空箱の中身にあたる部分」に注目しました。

といっても、そこにあるのは真空です。

しかし先にも述べたように、真空は完全な“無”ではありません。

その内部には、量子レベルのごく小さなゆらぎが常に存在しており、電気のゆらぎもその一部です。

六方晶窒化ホウ素という箱の中で、この電気のゆらぎがどのように揺れているかを理論と実験で調べると、ある決まった周波数(ゆれの速さ)の揺れだけが、箱の中で特に強く閉じ込められ、その結果として箱のすぐ外側、つまり超伝導体との境目付近に強い電場(電気の力の場)が現れやすいことが分かりました。

さらに、この特別に強くなる揺れの周波数が、なんと有機超伝導体の分子の揺れ方(炭素どうしの結合が伸び縮みする動き)と、ほぼ同じだったのです。

そこで研究者たちは、「六方晶窒化ホウ素の内部で強くなった特定の電気の揺れが、境目を通じて超伝導体の分子振動に影響を与えているのではないか」という仮説を立て、その仮説にもとづいてシミュレーションを実行しました。

その結果、この特定の揺れを加えると、超伝導体側の分子振動の山が二つに分かれるという変化を起こし得ることがわかりました。

こうした分子振動の変化は、電子の流れる仕組みに影響しうるため、実験で観測されたような「超伝導の強さが弱まる」という現象の有力な原因の一つになっている可能性があると研究者たちは考えています。

では肝心の箱の中の電気的なゆらぎは、本当に「真空のゆらぎ」由来なのでしょうか?

「どうせスマホの電波とか、Wi-Fiとか、外から飛んできた電波が箱の中にたまっただけでしょ?」と感じる人もいるかもしれません。

でも、今回の実験で問題になっている「電気のゆらぎ」は、そういう日常的なノイズとは別物です。

実験は、外からの光も電波もできるだけ入らないように、超低温の装置の中で行われています。

スマホの電波どころか、室温の熱の揺れさえ、ほとんど届かないようにしているわけです。

それでもなお、六方晶窒化ホウ素の箱の中には「揺れ」が残っています。

量子論で言えば「エネルギーをまったく入れていなくても、ゼロ点ゆらぎとして必ず少しは揺れている」という表現になります。

先にも述べた「真空は無ではなくゆらいでいる」という考えです。

つまり、箱の中の揺れは、「外からあとで流れ込んできた電波」ではなく、「場そのものが“標準装備”として持っている最低限の揺れ」と見ることができます。

六方晶窒化ホウ素が特別なのは、このゼロ点ゆらぎを、ある周波数だけ極端に偏らせ「このリズムの揺れだけは、箱の中で何度も跳ね返して強めます」という、偏ったコンサートホールのような性質を持っているからです。

そうすると、その周波数の真空ゆらぎだけが、箱の中で他の周波数よりもずっと大きな振幅を持つようになり、その「影響」が箱のすぐ外、つまり超伝導体の表面付近まで染み出してきます。

これが、有機超伝導体の分子の揺れとリズム的にぴったり合っていたために、電子のペアが動きやすい状態が崩れ、超伝導の強さが弱くなったと考えられるのです。

つまり六方晶窒化ホウ素は特定の周波数(ゆれの速さ)に特化した真空ゆらぎの増幅装置のようなものであり、その増幅された電気のゆらぎが微かな電磁的な偏りを生み出し、超伝導体の性質(強さ)を変えてしまった――と研究者たちは考えています。

「真空を設計する」という考え方の出発点

「真空を設計する」という考え方の出発点
「真空を設計する」という考え方の出発点 / Credit:川勝康弘

今回の研究により、「六方晶窒化ホウ素が作る見えない箱の中の真空の揺れのようなものが、有機超伝導体のいちばん根っこの状態(基底状態)を変えてしまう可能性がある」ことが示されました。

しかもその仕組みが「真空のゆらぎを増幅する装置のようなもの」だったというのは、かなりびっくりする結果です。

これまで、物質の性質を変える方法といえば、「材料の成分を変える」「温度や圧力を変える」「強い光や電場を加える」といった、わりとはっきりした操作が中心でした。

しかしこの研究は、「何もないと思っていた真空」と「箱の役割をする薄い結晶シート」の組み合わせだけでも、物性を動かせることを具体的な数字で示しました。

この研究の影響は計り知れません。

なぜなら、「物質そのものをいじらず、となりの“空っぽの空間”を設計して物性を変える」という、新しい考え方の実例を示してくれたからです。

もし今後、磁石になる材料や、電気をためやすい材料などでも同じような現象が確認されれば、「真空ツマミ」でいろいろな量子状態を切り替えるチップのようなものが作られるかもしれません。

もしかしたら未来の世界では、「この装置のいちばん大事な部品は“空っぽの部分”です」と説明される時代が来るかもしれません。

元論文

Cavity-altered superconductivity
https://doi.org/10.1038/s41586-025-10062-6

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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