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「YouTubeはもうダメか」中田敦彦『YouTube大学』誕生の裏で“挫折”した過去

  • 2026.3.25
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2016年撮影:「中田敦彦のPERFECT PRESENTATION」に登場したお笑いコンビ、オリエンタルラジオの中田敦彦

鈴木おさむさんの公式YouTubeチャンネルで、2026年02月27日に公開された『【中田敦彦 人生史】「テレビからYouTubeへ」すべてを経験した男の人生が壮絶すぎる』では、中田敦彦さんが「YouTubeはもうダメだ、遅すぎた」と絶望した過去を初めて赤裸々に語りました。若きクリエイターの勢いに打ちのめされ、プライドを捨てて挑んだ試行錯誤の連続。『YouTube大学』誕生の裏側に隠された、泥臭いまでの執念と挑戦の過去に迫ります。

「YouTubeはもうダメか、遅すぎたな」

中田さんがYouTubeを意識して始めたのは、実は2015年まで遡る。 8.6秒バズーカーのラッスンゴレライが“YouTube再生回数でテレビに呼ばれた初の事例”だと直感し、パーフェクトヒューマンをネタ番組で出す前に、自分のチャンネルで公開しておく、という実験を始めました。

しかし、現実は甘くなかったといいます。「私が何年もかけてようやくブレイクしたかなって思えるコンテンツの叩き出した数字を、彼らは10日で抜いてしまう」——若いYouTuberたちとの圧倒的な差を目の当たりにし、「別の生命体だ」と痛感したという。「ああなりたいと思って、真似事をする」でも全然うまくいかなかったといいます。テレビと違い、カメラもライトもAmazonで自分で注文する世界。チームを組んでYouTuberの真似事をしてみたものの全然回らず、今度はひとりでSNS感覚で毎日喋り続けたが、やはり無反応。

「YouTubeはもうだめか、遅すぎたな」と追い詰められていったと率直に明かしていました。テレビでも遅く、YouTubeでも遅い——「狭間に来てしまった」という言葉の重さに、見ているこちらも思わず息を飲む展開となりました。

カジサックの熱量に衝撃!「SNSではなく番組作り」YouTube大学誕生の裏側

そんな中田さんを救ったのが、YouTuberとして成功していたカジサック(梶原雄太)さんでした。カジサックさんの撮影現場に呼ばれた中田さんは、そこで“テレビのようにお金をかけ、凄まじい熱量で番組作りをしている姿”に衝撃を受けたといいます。 「自分はYouTubeをただのSNSだと思っていた。回らないのは年齢のせいじゃなく、熱量の差だ!」と猛省した中田さん。視聴者のコメントを頼りに、公園の風の音がうるさいと言われれば室内に移り、反響音がうるさいと言われればマイクを買い、ビジュアルを指摘されればスーツを着る…という改善を繰り返し、ついに現在の“ホワイトボードの前でスーツで授業をする”というYouTube大学のスタイルを確立させました。

コメント欄では、「あっちゃんは努力の人だな〜」「挑戦してきたあっちゃんにますますリスペクト」「あっちゃんの行動って普通できないよなあ」など、その行動力や挑戦する姿を絶賛する声が多くみられました。

テレビの栄光を捨てた男の再スタート

テレビの成功体験を一度捨て去り、若きクリエイターたちの数字に打ちのめされながらも、彼はプライドを脱ぎ捨てて視聴者の声に耳を傾け続けました。『YouTube大学』の誕生は、単なるアイディアの勝利ではなく、泥臭い試行錯誤の果てに掴み取った必然だったと言えるでしょう。

「遅すぎた」と絶望した場所で、自分だけの型を見つけ出した中田さんの言葉は、変化の激しい時代を生きる私たちに“何度でもやり直せる”という勇気を与えてくれます。動画の後半では、シンガポール移住の真相や、これからのエンタメ界をどう見据えているのか、さらに踏み込んだ本音が語られています。その全貌をぜひ、鈴木おさむさんのチャンネルでチェックしてみてください。