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朝ドラで印象的な“暗闇の画面”と演出の巧みさ 終盤に差し掛かっても“視聴者を惹きつける”物語の構成

  • 2026.3.26

2025年度後期のNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ばけばけ』の放送が残りわずかとなり、寂しく感じている。

※以下本文には放送内容が含まれます。

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『ばけばけ』第24週(C)NHK

本作は『怪談』などの著書で知られる小泉八雲ことラフカディオ・ハーンとその妻・小泉セツの夫婦をモデルとしたレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)と松野トキ(髙石あかり)夫婦の物語だ。
『ゲゲゲの女房』や『あんぱん』など、朝ドラには有名な作品を残した作家と、その仕事を支えた妻が主人公の物語が定期的に作られており、名作誕生秘話を劇中で描くことが多い。そのため『ばけばけ』も『怪談』等の著作が生まれた背景を紐解いていく作家と妻の物語となるのではないかと思っていたが、作品から受ける印象は、これまで作られてきた作家と妻を主人公にした朝ドラとは大きく異なるものだった。
物語は明治初頭の松江から始まり、トキの成長していく姿を追いかけていくのだが、幕末から明治に時代が変わったことで、松江藩の上級武士の家柄だったトキたち松野家は没落。そして父の司之介(岡部たかし)が事業に失敗したことが原因で松野家は多額の借金を抱えることとなる。
その後、トキは松江藩の元上級武士・雨清水傳(堤真一)が経営する織物工場で女工として働いていたが、やがて工場も閉鎖され、次々と困難が押し寄せてくる。

暗闇の居心地の良さを描いた朝ドラ

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『ばけばけ』第24週(C)NHK

序盤の『ばけばけ』では、トキたち松野家が借金に苦しむ貧乏生活が描かれるのだが、物語のトーンは明るくほんわかとしている。
脚本を担当するふじきみつ彦は、トキたち松野家の家族のやりとりをユーモラスに描いており、トキを演じる髙石あかりを筆頭とする出演俳優たちは、コントのように松野家のやりとりを楽しく演じている。
悲しいのになぜか笑ってしまうという楽しさと悲しさが常に同居している空気が『ばけばけ』の基調となっている。
それは映像に強く表れている。本作を観てまず印象に残るのは画面の暗さだろう。明治時代の空気を再現するため、本作の映像はとても暗く、だからこそトキが語る怪談に登場する妖怪や幽霊に説得力が宿っている。
同時に昼の風景もどこか暗く、常に薄ぼんやりとした霧がかかっているかのように見える。
近年のテレビドラマの映像は高画質で、昔と比べると細部までくっきりはっきりとしたものとなっているのだが、その細部まで映してしまう明るさが、どこか暴力的に感じて逃げ場のない居心地の悪さを感じることも多い。 対して『ばけばけ』は居心地が良く、暗い映像に妙な安堵感がある。
おそらくこの暗闇に感じる居心地の良さは、トキが悲惨な話が書かれた怪談に惹かれている理由と地続きのものではないかと思う。
“時代の変化”という荒波に翻弄される人々の姿が『ばけばけ』では描かれ、トキたちを取り巻く困窮も、個人の力では抗うことができないものとして描かれている。
その意味でとても絶望的な物語だが、それなのに物語のトーンは明るく優しいのが『ばけばけ』の一番の魅力だろう。

時代に取り残されて立ち尽くしている全ての人々の物語

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『ばけばけ』第24週(C)NHK

やがてトキはヘブンと出会い、彼の女中として働くようになる。
怪談を通じて親密になったトキとヘブンはやがて結婚、松野家の借金もヘブンが返済し貧乏暮らしからトキたちは解放される。
12月末に放送された第13週のエピソードで二人の恋が成就し、恋愛ドラマとしての『ばけばけ』は美しいクライマックスを迎えた。
年を明けての第14週以降は、そのまま名作誕生にまつわる夫婦の物語にスライドしていくかと思ったが、物語は意外な方向へと舵を切る。 ヘブンとトキが結婚したことで松野家は新聞に取材記事が掲載されるようになり、松江の人々は、松野家をアイドル化するようになる。人々から褒め称えられることにトキは戸惑うのだが、ここで物語はトキから離れ、彼女の友人・野津サワ(円井わん)へと一時的に視点が移る。
病気の母親を看病しながら小学校の非正規教員として働くサワは、正規職員になるための試験勉強をコツコツとおこなっていたのだが、有名人となったトキに対して距離を感じるようになってしまう。
急に遠い存在となったトキに対して感じるサワのモヤモヤを視聴者も同じように感じていたため、当時のサワは視聴者の気持ちを代弁する存在だった。同時に、試験勉強に勤しむ彼女の方が朝ドラヒロインのようだとも感じた。 おそらく作り手は、彼女に視点を移すことで『ばけばけ』は、トキたち松野家だけでなく、時代の変化に取り残されて、立ち尽くしている人々の物語だということを、改めて宣言しようとしたのだろう。

そして、ヘブンもまた時代に取り残され、立ち尽くすこととなる。

第24週、ヘブンは日本人となり雨清水八雲に改名し、東京でトキたちと暮らしていた。
トキとの間には二人の子どもが生まれ、幸せな日々を過ごしているかに見えた八雲だったが、実は教師として勤めていた帝大を解雇され、彼の著作を出版してきたアメリカの新聞社でも本の企画が通らなくなっていた。
起死回生のため、なんとかベストセラーとなる本を書きたいと考える八雲だったが、自分は終わった人間なのか? と不安を抱くようになる。
かつて外国人教師としてもてはやされた八雲ですら、時代の変化の前では立ち尽くしてしまう無力な存在だということを描いた容赦のない展開だが、そんな八雲の悩みに一番に気付き相談に乗るのが、かつて、武士の時代が終わって立ち尽くすしかなかった司之介だった。

時代の変化を前にして立ち尽くすしかない人々の姿を描いてきた『ばけばけ』だが、誰もがいずれ古くなり、立ち尽くすしかないのであれば、お互いの不安を理解し支え合うことができるのかもしれない。

八雲に寄り添う司之介の姿を見て、そう強く感じた。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。