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朝ドラあるあるを“朝ドラの中で”語る挑戦的なナレーション 9年前に放送された作品のもう一人の“影の主人公”

  • 2026.3.19

2017年度前期に放送されたNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ひよっこ』は、高度経済成長の時代に集団就職で上京した少女の物語だ。

※以下本文は放送内容が含まれます。

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有村架純 (C)SANKEI

日本中が東京オリンピック開催で盛り上がっていた1964年。茨城県北西部にある奥茨城村で暮らす谷田部みね子(有村架純)は、高校卒業を直前に控えていた。
幼馴染の助川時子(佐久間由衣)が集団就職で東京に向かう一方、みね子は地元に残り農業をしながら家族と暮らしていくつもりだった。しかし、突然、東京の建築現場で働いていた父の実(沢村一樹)が、行方不明となり連絡が取れなくなる。
みね子は父親を捜すために東京に向かうことを決め、時子と同じ向島電機で働き、会社の乙女寮で暮らすことになる。

みね子は東京で働きながら、父親を捜すことになるのだが、様々な人たちと出会い、少しずつ成長していく。
舞台となる60年代~70年代初頭は日本がどんどん豊かになっていく高度経済成長の時代だが、同時に戦時下の記憶が少しずつ忘却されていく時代だった。
第72回では、すずふり亭の店主・牧野鈴子(宮本信子)が昔馴染みの柏木一郎(三宅裕司)と戦時中の話をする場面があるのだが、二人は戦時中のことをなかったことにしようとして忘れようとしている戦後の空気に対する戸惑いを吐露する。
この“記憶の忘却”は、本作の大きなテーマとなっている。

脚本を担当する岡田惠和は、2001年度前期に『ちゅらさん』、2011年度前期に『おひさま』という二作の朝ドラを執筆していた。そして、『ひよっこ』は三作目の朝ドラとなるのだが、楽しいやりとりが延々と続くかと思っていると、突然、観ていて不安になるようなシーンが挟まる緩急のバランスが実に見事で、おそらく日本でもっとも朝ドラの面白さを熟知しているドラマ脚本家だろう。

もう一人の主人公と言える増田明美の「語り」

『ちゅらさん』も、ヒロインの祖母役と兼任する平良とみのナレーションがとても面白かったが、『ひよっこ』の「語り」も楽しいものとなっていた。

第1回は「おはようございます。増田明美です。今日から半年間、声のお付き合い、よろしくお願いします」という「語り」を担当する増田明美の自己紹介から始まる。そして舞台となる奥茨城村とヒロインのみね子について紹介した後、秋に開催される東京オリンピックに向けてお祭りムードだと当時の東京を映した白黒映像と共に時代背景が解説されるのだが、各登場人物の名前がテロップで表示されることも含め、とにかく全ての要素を説明してくれるので、とてもわかりやすい。

テレビ番組がテロップやナレーションを多用して過剰に説明してしまうことが批判されることは多い。中でもテレビドラマは映像作品なのに何でも台詞やナレーションで説明するから映画と比べて劣っていると、今も昔も批判されてきた。だが、『ひよっこ』は、普通なら欠点といえる説明過多な「語り」が本作独自のリズムとなっていて、とても面白く、増田明美の「語り」自体が、もう一人の主人公と言える強い存在感を放っている。
本作の「語り」は状況説明に止まらず、視聴者に向かって直接話しかけているように感じる瞬間が多い。
たとえば、第2回の冒頭では「おはようございます。さっそくですがちょっと振り返っておきましょうね」と言って第1回の回想が入るのだが、その際に「今日からでも大丈夫ですよ」と付け加える。
第2週の始まりとなる第7回の冒頭でも第1週を振り返ると同時に「今週からでも大丈夫ですよ」と付け加えるのだが、これは朝ドラが月~土の週6日(現在は月~金の5日)を半年間にわたって放送する長丁場の作品だから、一話でも見逃すと作品世界に入れないのではないかと心配している視聴者に対して「途中から観ても大丈夫ですよ」と語りかけているのだろう。

そして、何より驚いたのが第2回の終わりに、みね子の叔父である小祝宗男(峯田和伸)が登場する場面。バイクでやってきた宗男の映像に「なんだか、おかしな人ですね」「朝ドラには変なおじさんがよく出てきますよね」「なんででしょうね」という語りが重なるのだが「朝ドラあるある」が朝ドラの中で語られる状況に戸惑いながらも、ここまでやると表現として面白いと、観ていてワクワクした。
2010年代の朝ドラはSNSで呟かれることによって、これまでにない盛り上がりを獲得していたが、増田明美の「語り」は、視聴者がSNSで呟く「朝ドラあるある」を語る楽しさを、朝ドラ自身が取り入れたようにも見えた。
その結果、作品全体に『ひよっこ』という朝ドラを間に挟んで視聴者と岡田惠和がコミュニケーションをとっているような面白さが生まれており、SNS時代の朝ドラとして相当自覚的に作られているように感じた。

岡田惠和作品に見事にハマった出演者たち

岡田惠和作品の魅力は、ずっと聞いていたくなる楽しい会話劇だ。それは『ひよっこ』も同様で、主演の有村架純を筆頭とする俳優たちの会話劇の楽しさが、多くの視聴者に愛された。
これまでの岡田惠和作品と比べて『ひよっこ』が突出していたのは、俳優同士の息の合った芝居だ。
もちろん過去作にも演技のうまい俳優は多数出演していたのだが、『ひよっこ』の出演者は岡田惠和作品の会話劇のリズムと相性が良く、岡田のドラマの本質を理解した上で芝居をしている役者が多く「劇団ひよっこ」とでも呼びたくなるようなチームワークの良さだった。その手ごたえもあってか、主演の有村架純を筆頭に、岡山天音、和久井映見、光石研、やついいちろうといった、現在も岡田惠和作品の常連となっている役者がとても多い。
『ひよっこ』は不思議な朝ドラで、放送が終わった後も、みね子たちの人生が今もどこかで続いているように感じる。
それは他の岡田惠和作品に『ひよっこ』の出演者が登場する機会がとても多いためだが、本作以降の岡田惠和作品は『ひよっこ』の続編のように感じることが多い。
その意味で、岡田惠和が書いてきた朝ドラの一つの完成形だと言える。だが、おそらく岡田にとって朝ドラはライフワークと言える大きな仕事なので、いつか4作目の朝ドラを書いてくれるだろうと楽しみにしている。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。